わたし(家庭教師)―番外編―

須藤家のお正月

「明けましておめでとうございます」
 おこたの上に広げられた、豪華な創作御節の並んだ彩り賑やかなご馳走。見るからに美味しそうっていうか、縁起も良さそう。
 それを作った本人は、隣りで満足げににこにこと微笑んでいる。うん、新年でも惜しみない良い笑顔。ついついこっちまでにこにこしちゃうね。やっぱり新年はこうでなくっちゃ。何もなくたってうきうきそわそわ、楽しい雰囲気に嬉しくなっちゃうよね。
 ちなみに、双は私とファシルの間、所謂上座の位置に座ってもらっている。一応年長さんは双だし、お料理とりわけ役がそこに居てくれたら丁度いいし。最早立派なお母さんポジションだ。
 あ、真☆お母さんは、今はまだ外国。多分新年のお祝いもそこそこに、あちこち走り回っているに違いない。いいんだ。年賀状出してくれたし。お母さんが元気だったらそれでいいもん。
「はい、おめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
「よろしくおねがいしまーす!」
 おねがいしまーす、てん、てん、てん。
 私の向かい側に座る存在は、相変わらずのしかめっ面。ほら、と目で合図をすると、煩わしそうに眉を顰めた。
「ファシル!」
「なんだよ」
 もう、新年早々なにが気に入らないの、ファシルめ。
「おめでとうございます、は?」
「はぁ?」
 はぁ、じゃないよ。新年のご挨拶は国籍関係ないよ。みんなで楽しくお祝いするのがセオリーでしょ。
 ファシルは目の前のご飯を食べれないことに苛々しているみたいだった。言うまで私がそれを阻止する気満々だ。双は横で苦笑いしている。
 ダメだよ、こういう事はちゃんとケジメつけてやらなくちゃね。年初めだし、家族なんだから。
「ほらっ、ファシル」
「うぜぇ……」
「もーっ! なんで新年早々そういうこと言うの?」
「あー、うぜーうぜーうぜー。新年早々うざい」
 むぅ、かぁ、つぅ、くぅ!耳塞いで嫌味な顔して。
 なんとかして!と双に目で救援を求めると、ちょっと困ったように双は苦笑した。
「ほら、ファシル。安登もこう言ってますし、新年くらいは……」
「だからなんだってんだよ。俺には関係ないね。めでたくもないのに何がおめでとうだよ、笑えねー」
 くぅ、捻くれ者。おめでとうっていうのは、今年も無事にやってこれたね、新年迎えられたね、やったね、って、そういうことをおめでとうって言ってるんじゃん!
 解ってるくせに、わざと言わないんだ。小馬鹿にしたようにせせら笑ってさ。なんでいっつも意地悪しか言わないんだろ、ファシル。
「おめでたいじゃん! こうやってみんなでご飯食べれるんだよ? 楽しいじゃん」
「どこが? いつもと同じだろ」
「だからそれが……」
 だから、それが、楽しいんじゃん。嬉しいんじゃん。
 ずっとこんなお正月過ごしてなかったんだよ。お母さんが帰って来れないときもあったし、帰ってきても、二人とも料理できないからスーパーのお惣菜もくもく食べたり。それもそれで、楽しかったけど。
 でも、やっぱりこうやってみんなで楽しく、誰かの作った心のこもったお料理食べれたりとか、そういうのも嬉しいんだよ。ファシルはそれも、つまんないの? いやなの? だから意地悪言うの?
「ファシルのばか」
「ああ?」
「ばかばかばかばか意地悪あんぽんたんひねくれものの天の邪鬼」
「はあ?」
 あ、目が釣りあがった。ふんだ。怒ったって知らないもん。
「ちんちくりんのお前に言われたかねーよ!」
「ちんちくりんじゃないもん!ちんちくりんって言う方がちんちくりんなんだもん!」
「いやお前がちんちくりん」
「いやお前がちんちくりんって言う方がちんちくりん」
「いやお前がちんちくりんって言う方がちんちくりんって言う方が百倍ちんちくりん」
「千倍ちんちくりん」
「万倍ちんちくりん」
 ちんちくりんちんちくりんちんちくりんりんりん。
 倍数上げて言い合ってファシルが無限大数ちんちくりんと言おうとした時、ぱちり、と小気味のいい音がした。双が、箸をテーブルに置いた音だった。叩きつけた、と言ってもいいほど強く。
 その顔は、清清しいほど、迫力のある微笑を讃えていた。
「どちらもちんちくりんです。ちんちくりん同士言い争うのは正月早々見苦しいので止めてくださいね。いい加減にしないと、今日一日ご飯抜きにしますよ」
『……すいませんでした』
 血の気が引くほどの凄みに、私どころかファシルまで同時に謝った。双はニッコリ微笑んで、いつのまにか小皿に配分良く装ってあった御節を私達に手渡してくれた。
 暫くの間、黙々と、その美味しい御節を味わった。味わいながら、ちょっと思った。双、私の事、ちんちくりんって言った。私ちんちくりんじゃないもん……。言いたかったけど、さすがにご飯抜きはいやだったので、黙っておいた。多分ファシルも同じで、腑に落ちなさそうな表情を浮べつつも、黙って食べている。双はにこにこ、私達を眺めながら一人楽しそうに御節を食べている。
「やっぱりみんなでご飯を食べるのは美味しいです。大晦日に張り切って掃除した甲斐がありましたね、ファシル」
「……べっ、別に!」
 『別に』のところがワントーン上がってた。ファシルはなんだか怒ってるのかなんなのか、耳まで紅くして、誤魔化すように御節を口の中に詰め込んでいる。そんなに一気に食べると喉詰まっちゃうよ、ファシル。双はなんだか微笑ましくファシルの事見たり、意味ありげに私を見たり。
 なに、なに、なんなの? 大掃除?
 私お風呂と自分の部屋と、いつもの通りお洗濯しかやってなかったから良くわかんない。けど、双も大晦日のお買い物と料理の下ごしらえがあったから、そういえば殆どファシルがこの家のお掃除やってたんだよね。私よりもえらい早く終わったみたいだけど、きっちりしてるくらい生理整頓されて塵一つなくて、なんだか成し遂げた表情のファシルだったことは覚えてる。
 それが、何か……。
「あ」
 そっか。『いつもと同じ』なんて本心から思ってたら、大掃除なんて張り切らないよね。あんなに頑張らないよね。ファシルだって、すっきり綺麗なお家で大晦日を過ごして、お正月を迎えたかったんだよね。
 そっか。そうか、そうなんだあ。なんだあ。素直じゃないの。
 にまっと笑うと、双もにやっと笑みを返してくれた。ファシルだけが、なんだか居心地悪そうにむっつり不機嫌顔を作っていた。
「えへへ〜」
「なんだよ。アホ面向けんな」
 ふーんだ。今日ばっかりは、何言われたってもう許してあげる。結構可愛いところあるって解っちゃったからね。
「ファシル、双、今日これ食べ終わったら初詣行こうよ」
「いいですよ」
「やだ。誰がわざわざ人ごみの中に行くかよ」
 むふふ、そんな事言っちゃって、結局いくんだよきっと。おみくじ引くの楽しみにしちゃってるんだよきっと。ファシルっておもしろーい。
 そうしてそのあとも結局、にやにや微笑む私と双の後を、ぶつくさ言いながらついて歩くファシルの姿があったのでした。

The end.

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