わたし(家庭教師)―番外編―

A WITCH CONFUSES

―Ato's side.1―

 でこぼこと奇怪な形をしていて、蛍光色の入っていそうなオレンジは触らなくてもつるりとした触感が視界に伝わってくる。コレをみると不思議とわくわくして、なんだか愛らしいなあと思えてくるのはなんでなんだろう。
 そしてそれを買ってきた双は凄く気が利いていると頭を撫でて褒めてあげたくなった。
「は?」
「トリックオアトリート!」
 一回目。
 酷く場違いだと言わんばかりの目で見られて、二回目にはこっちも顔を突き出して聞こえよがしに言ってあげる。
 ウザったそうに顔を背けた可愛くない態度。天邪鬼だってもう少しいい態度を返してくれると思うのに。
 ねえ?
 振り返ると、全身真っ黒に着替えた双が人の良さそうな苦笑でパンプキンパイを切り分けていて。仮装って言うよりサングラスかけたらドラマや漫画でよくあるSPって感じ。
 正直、双は真っ黒より真っ白だと思うんだ。そう言ったらまた例の、微笑を返されちゃったんだけど。怪しいなあ。白って言うより灰色かもしれない。
「なんだこのアホ丸出しの格好」
 ワインレッドのワンピースに白のブラウス、下は黒のニーハイのいでたち。私のちょっとトリッキーな格好に、ファシルは嫌味っぽく呟いた。
 アホ丸出しなんて失礼な! 私は可愛いと思ってるの!
「アホじゃなくてハロウィン。今日ハロウィン、これ当然」
 ソファにふんぞり返るファシルに見せ付けるように指を刺すその先。オレンジや、黒の、カボチャ型の小さなキャンドルがテーブルの上にあちこち並んで料理を囲む。
 そして今日のデザートはパンプキンパイ! 双の手作りなのだ。
 すごいレパートリー豊富な人だなあ。そしてノリのいい人だ。私はこういうイベントが大好きだから、一緒に乗ってくれる人がいるととても嬉しい。
 私、ハロウィンしたいって口にしなかったのに。気づいてくれたのかなって思ったら、もっと嬉しくなった。



―Facile's side―

「トリックオアトリート!」
 うるさい。女ってのはどうしてこうガキもババアも揃いも揃って普段自分に関係の無いものに無意味にはしゃいだりするのだろう。はっきり言って苛々するし、目障りだ。自分ひとりでだけ騒いでいればいいものを、わざわざ人を巻き込もうとする。
 正直そのちゃらんぽらんな格好もどうかと思う。信仰宗教のしきたりだろうがなんだろうが、全く持って俺には関係ない。縁もゆかりもない上に興味もない。
 そして俺が興味を持たないことに興味がないのか、この女はまたしても。
「ほら、ファシル! トリックオアトリート!」
「っぐ」
 悪戯なのか菓子のつもりなのかパイを口につっこまれた。
 不意打ちとはいえ不覚をとった。後で穏やかに笑う双と目が合う。傍観者気取って笑ってんじゃねえよ、この女以上にむかつくやつだ。
「ファシル、折角のハロウィンなんだからそんな顔止めようよ」
「コレは地だ。っつーか俺にかまうな、うざい」
「……」
 こうやって、いつも、こうなる。コイツが煩いせいだ。そんな顔をする理由を俺が作っているのはわかっている。が、俺が悪いわけではない。近寄るこの女が悪い。
 こうならない保障など何も無く、むしろいつだってこうなっている、最後は。こういう顔をさせたいわけでもなく、かといって罪悪感を感じてやる義もない。
 しかしやはり面倒だ。人は、面倒だ。俺とは違う生き物だから。
「……くだらねえわ。勝手にやってろよ」
 奇怪なカボチャも甘ったるい焼き菓子も興味は無い。阿呆のような格好をするつもりなんて無論あるわけも無く双のようにへらへら合わせる気など皆無だ。いちいち付き合っていたら図に乗る。
 大体、俺が居たってどうせこうなる。誘うことが無意味なんだといい加減解れ。
「だけど」
 立ち上がろうとした瞬間、服をつままれる。
 そういう目で俺を見るな。同情されたいのか?
 それとも。
「一人は、寂しいでしょ?」
 俺に、同情しているのか?


―Sow's side―

 彼の内面は筆舌し難いほどに酷く難解でややこしい。一番身近にいるとも言える僕ですら扱いに困るときでさえあるのだから、人が良く疑う事を知らない安登とこのファシルの相性は最悪というほかないと、最初はよくよく思ったものだ。
 何故ならば彼は善人を偽善と呼ぶほどに倦厭し、他人の想いを疑ってかかる。間逆な彼らの間を僕が取り持ってやらねばと、最初の日に決意した。

 しかし今、しまったと早速後悔している。安登の一言で変わったファシルの心象は一目で見てとれて、甘い匂いに紛れて苦いものが僕らの合間を漂い始める。
「は?誰が、寂しいって?」
 嘲笑。彼は、己に向けられたものを間逆にして跳ねつける。
 例えばそれが安登の善良な心から出た言葉だとしても、彼からしてみれば見るに耐えない醜悪なものへと成り下がる。
 ファシルはいつも、人から向けられた情を嫌悪してかかった。
「なんかさ、お前勘違いしてない?」
「ファシル」
 やめなさい、と命令すれば余計に噛み付く。
 酷く彼が苛立っているのがわかった。情をかけられればかけられるほど、相手を傷つけようとする。安登がもう一度なにかを言えば、きっと彼は安登を嫌悪して躊躇わずに傷つけようとするだろう。
 それは、僕としては、避けたい結末だ。
「安登」
「え、な、なに?」
 ただならぬ雰囲気に、狼狽している。
 この子はこの子でいい子なのだろうけれど、いかんせん相手が悪いのだ。いつもいつも、接した相手と上手く行くなんて事はありえない。だったら、近づかない方がお互いいいことだってある。付かず離れずがいいことだって多分にあるだろう。
 ファシルが冷めた目をくれる横で、安登が気付かないように腕を引っ張って立たせた。
「ちょっと、買い物に行きませんか?」
「え、でも、ファシルが……」
「誰が気にしてくれって言ったよ」
 正直僕から言わせればそんな言い方では気にしてくれと言っているようなものだけど、それを言えば無駄にこじれる。ファシルには後でたっぷりと言い聞かせておくとして、とりあえずはこれ以上安登を混乱させないように外に連れ出して……。
「やだ」
肩を引いて行こうとすると、安登はファシルのほうを向いて拗ねたように呟いた。
「だって寂しいじゃん」
「……だから、誰がだよ?」
 妙にふくれた安登と苛立ちに切る様な目を向けてくるファシル。
 彼らは確かに逆だけれど、逆と言う事は、紙一重のようなもので。だからお互い、無視できないのかもしれない。


―Ato's side.2―

 ファシルが、なんだか解らないけれど凄く怒ってる。双は、そんなファシルから私を遠ざけようとしている。
 何でファシルは怒ってるのかな。私何か、余計な事を言ってしまったの?
 それとも、ファシルはハロウィンが心底嫌いなのかな。双を見ても、困った顔で私を見るだけ。
 どうして双には解ってるのに、私には解らないんだろう。でもファシルを一人置いていくのは、やっぱり嫌なんだ。
「なんなのお前。さっさと行きゃいーじゃん、いちいちかまうなっつってんだろ」
 怒ってる。なんだかよく解らないけれど、怒ってる。多分私が怒らせたんだろうけど、原因がさっぱりわからないことにはどうしようもない。
 どうしよう。どうしよう。
「だって」
「だってなんだよ」
 うううう、なんでこんなに怒ってるの。
 身に詰まるような感覚に、どうしようもなくいたたまれなくなった。
 私は別にファシルを怒らせたいわけでも、双を困らせたいわけでもなくて。だって、せっかくのハロウィンだから。
 だから。
「…………寂しい、じゃん」
「お前……」
 苛々した、声。
 怒らないで。困らないで。そうじゃなくて皆で楽しくやりたくて。わいわいやりたくて。そうしなきゃ寂しい。寂しい。
「……私、が」
 双もファシルも参加してくれなきゃ寂しいよ。折角三人そろってるんだもん。
「「は?」」
 後と前から、同時に聞こえた。見ると困ったような顔だった双も、怒ってたファシルも今までの表情なんかすっかり忘れちゃったみたいに呆けている。
 私、また何か余計な事言っちゃったのかな。
「わ、私が……って」
「……安登?」
「え?」
 困惑と、不可解に翻弄された表情。二人がどうしてそんな顔をするのか、私にはわからない。
 首をかしげると、双がふっと破顔して笑い出した。
「は……あははっ、そう、そうか……っ」
「え?なに?」
 参ったとばかりに額を覆って笑うものだから、私は益々わけが解らなくなる。何も面白いこと言った覚えは無いよ?
「安登、なるほどね、安登」
 くしゃっと頭を撫でられる。双の笑顔は楽しそうで、可笑しそうで、それでいて少しだけ嬉しそうにも見えた。
 私の頭を撫でながら、双は少し悪戯めいた笑みでファシルにちらっと目を向ける。
「だ、そうですよ、ファシル。してやられましたね」
「……何がだよ」
 さっきよりは落ち着いたけど、まだまだ不機嫌そうな顔してファシルはそっぽを向く。でも双は何故だかニヤニヤと笑って、妙にご機嫌になってしまった。
 どうしたって言うんだろう。さっぱりすっぱりわからない。
「安登」
「なあに?」
「僕は料理の支度がまだあるので、買い物はやっぱりファシルと行ってきて下さい」
「なっ?! はあ??」
 聞き捨てならないとばかりにファシルがいきり立つ。ちょっと傷つくなあ。そんなに嫌なの? いつのまに、こんなに嫌われちゃったんだろう、私。うんと、言えないじゃない。ファシルがこんなに嫌がってたら。
 無理だよ〜、とアイコンタクトで促すと、双は任せて、とでも言う風に不敵な笑みを浮かべた。そのままファシルにつつつと近付くと、耳元で何事か囁く。するとファシルが一瞬で耳まで真っ赤になって、勢いよく私のほうを向いた。
 な、何っ?
「おま、お……馬鹿じゃねーのっ」
「えええ?」
 なんでえ? なんでいきなり馬鹿って言うの? もうわけがわかんないよ。
「何、ねえ? 双、私なんで馬鹿って……」
「早く行って帰ってきてくださいね、料理が冷める前に」
 にこにこにこーっと押し切られて、あっという間に家から追い出される私とファシル。もー、外寒いのに、さすがにスカートだと上着も着ずに出たら寒いに決まってる。
 ファシルをちらりと見ると、赤い顔のままムッツリ黙っちゃって。なんでこんな気まずい事になっちゃったんだろう。
「あ、あの……ファシル……」
「なんだ」
「私、寒いから……や、やっぱり上着とって来るね」
 と、言い訳を言って逃げようとした瞬間目の前が真っ暗になる。うわっとよろけたら、背中を誰かに支えられた。
 何、これ。ジャケット? 後ろは、ファシル?
「え? これ」
「さっさと行くぞ、いちいち待ってられるか」
 私の返事を待たずに、すたすたと歩きだすファシル。
 なんだかよくわかんないけど、機嫌直ったみたい? ちょっと小走りになりながら、ファシルに投げられた黒いジャケットを羽織る。
 カボチャのパイの、甘い匂いに。暖かい、ファシルの温度。
なんだか嬉しくなってファシルの横に並ぶと、ファシルはふんとそっぽを向いて歩調を合わせてくれた。

 今日はハロウィン。悪戯と、甘いお菓子がおもてを歩く。
 オレンジと黒に彩られた商店街の合間を、ファシルと一緒に魔女は歩いた。

 そういえば、あれから何度聞いても双もファシルも教えてくれなかったけど。双は一体ファシルに、なんて、言ったのかな?

『安登は君がいないと、寂しいらしいですよ』

 不思議というより不可解な、ハロウィンだった。

The end.

http://mywealthy.web.fc2.com/
inserted by FC2 system