わたし(家庭教師)―番外編―

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 その時は、平気。
 たとえ部屋の中限りだったとしても、やる事って結構あるんだよ。本とか漫画とか読んだり曲聞いたり、映画見たりゲームしたり。宿題やったりお昼寝したり、気が向いたら部屋の模様替えとかしたり、ね。
 一人でも色々やることはあって、むしろ時間なんて足りないくらいなんだから。
 それに昔からお留守番ばっかりしてたから慣れたものだよ。いたって普通なんだ、普通。
 でもほら、一人ってことは自分だけでしょ?
  自分ひとりだけが、そこにいるの。必然音がしない。自分と自分の周り以外は。自分ひとりでうるさいなんてちょっと変だし、私の場合はそんな事はできないからしーんとなるの。部屋も、家も。
 でもそうなると不思議なもので敏感になるんだね、耳が。ちょっとした物音とか拾えるくらいに、静かなんだよ。いつも聞き逃す鳥のさえずりとか遠くで車が走る音とかちゃんと耳に入るんだ。
 無意識に耳を澄ましてるのかな。どんな音も聞き逃さないようにって。
 でもそれがいいのか悪いのかそれは解らないけれど、たまに聞こえるの。外じゃなくて、家の中から。ことん、だか、かたん、だか。なんでもいいけど、とにかく取るに足らない物音。
 風とか温度差の軋みとか、そんなもので澄ませるけど。でも一人の時だとそれが妙に耳について思うの。泥棒かな、幽霊かなって。馬鹿馬鹿しいって笑われるかもしれないけど、結構思っちゃうもんだよ。一人の時だと特に。
 それで私はなんとなくそれを確認しに行くの。誰か、いるのかなって。部屋をでて階段を降りて、居間の中へと。案の定誰も居ないけど隅々まで見る。何か居ないかな、誰か居ないかな。
 それがないとわかるとまるで探検のように、次の場所へと向う。
 一つ一つ確かめるの。客間、寝室、トイレ、お風呂、洗面所、最後に玄関。誰も居ない。玄関の靴を見て、私一人の分だけぽつんと置いてある靴を見て再確認。
 誰も居ない。
 がっかりする。
 ほんとは別に泥棒とか幽霊とかどうでもよくって。もしかしたら、なんて思って部屋を出たの。暇つぶしを止めて、ちょっと期待しながら階段を降りたの。
 自分で思っただけなのに、期待を裏切られた気分。でもそんな自分が馬鹿馬鹿しくって平気な振りして部屋に戻って暇つぶしの続きを始める。
 でもね、やっぱりつまんない。何してもつまんない。本読んでもゲームしても寝転んでも気分がうだうだする。宿題なんかもちろんのことする気に慣れなくて、何にもしないでのっぺらぼうの天井をじーっと見つめる。
 独りだって、気付く。
 唐突に、今自分は独りなんだって気付いて、嫌になる。
 何してもつまんない。独りで家の中に居て好きなことしたって、つまんない。ちょっと寂しくって虚しい気分になる。
 いっそのこと友達と遊ぼうかなって思うけど、でも一旦外に出て帰ってきても誰もいないもん。お帰りって、誰も言わない。それが余計に寂しくなるから出るに出られない。
 待つのはいいよ。でもいつ帰ってくるか解らない。それでなんでもない物音にちょっとの期待を寄せて家中確認する自分が気に入らない。
 不貞寝ばっかり。誰も居ない家にいるのが嫌で、いつも最後には夢の中に逃げる。
 おかえり。ただいま。
 たったそれだけのやりとりが待ち遠しくて、不貞寝する。
 独りの家は、嫌い。
「おい」
 肩を揺さぶられて、はっと目が覚めた。気がつくと居間のソファーの上で、制服のまま寝てたみたい。
 起き上がると双とファシルが二人して怪訝な顔して私を見下ろしていた。
「あ……帰って、きたの?」
 なんだかそれが自分でもよくわからないけどすごくびっくりしてしまって、聞き返してしまった。
 そうするとファシルはいつものように態度不遜に鼻を鳴らして、皮肉っぽい目で私を見る。
「帰っちゃ悪いかよ」
 悪くない。
 あれ? と思って双を見上げると、双は苦笑いを浮かべていた。
「ただいま」
 ああ。
 ああ、そっか。帰ってきたんだ。帰ってきてくれる人が、この家にはいるんだ。夢が冷めても誰も居ないわけじゃないんだ。
 不思議と嬉しいような切ないような気分になった。
「おかえり」
 不思議な気分が抜け切れなくていまいち曖昧な笑みで言った。
 でも一言の中に、言えない言葉がいっぱい詰まってたんだ。わかるかな。
 悪くないよ。
 嬉しいよ。
 帰ってきてくれて、ありがとう。
 待っててよかった。
 ただいまが嬉しい。
 おかえりって言えて安心した。
 おかえりなさい。待ってたよ。

 独りの家は嫌い。
 だけど、おかえりって言うのは嫌いじゃない。

The end.

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