わたし(家庭教師)

方程式の成り立ち―9―

 なに、これは。意味がわからない。だって最初に、消えたのはファシル……金のほうでしょ? で、なんだか一瞬になって溶け込んだみたいに、何故か黒の方、双が金髪になっちゃって。というか昨日の金双そのまま。
 言葉を失った私を楽しむように余裕の笑みで眺めて、昨日の金双は伺うような眼差しで首をかしげた。
「わかりました? 僕の言った意味が」
「わかっ…………た、けど……」
 わかったけど……なんか凄いのとかありえないのがありえちゃったとかその辺りはよくわかったけど……。でも、ええー……? そんな事言われても……。
 不可思議な焦りで、私は思わずいきり立って立ち上がった。
「わかったけどわかんないよっ! あなた、誰? 双? ファシル? どっち?!」
「どっちも」
「もっとわけわかめだよ!」
 頭の中で処理しきれない事がいっぺんに起きて私すら自分で何を言っているかわからなくなってる。語気荒い私を前にして、金双は飄々とした表情で私を見上げ独り言を言うかのようにぼそりと呟いた。
「それ、死語じゃないですか?」
「うるさいよ!」
 むあーーーーっ! なんでこの人はこんなに淡々としてるのっ!? ああでもこの人までパニックになったらそれこそもっと意味わかんないけど。
 それでも一人だけ騒いでるのも馬鹿馬鹿しくて、意気消沈のごとくまたソファにぼすりと座り込む。金双は私が落ち着くのを待っていたのか、それを確認すると膝の上で指を組んで前かがみになった。
「事の成り行きを説明しますから……静かに聴いていてくださいね」
 あーー……なんか、今ので一瞬にして激しく納得した気分。だって昨日の双もそんな感じだったもん。子供に聞かせる大人のような、そんな態度。
 やっぱり最後まで聞かざるをえないみたい……だね。


 きらきら、綺麗な髪の毛。透き通る空色の瞳。少しひねくれた物言いに、人当たり良さそうな顔立ち。言うなれば基盤が双でファシルに作り変えたみたいな。
 変な言い方だけど、それが今のところしっくりくるかな。話し方とか雰囲気とか、昨日の双そのまんまなんだもん。これはなんだかもうどっちもなんだって、納得するしか他なかった。本人も、そう言ってるし。

 その、事の成り行きによるとね。実際見なければ信じられないような話をしてくれた。
 双に憑いている(こういう言い方嫌ってたけど)ファシルは、本当は精神体みたいなものらしいんだって。力がないと、そのぶんこういう現世という場所に繋がりにくいらしい。
 なんだかよくわからないけれど、この実体化が原則の世界の中で、ファシルみたいな精神とかエネルギーとかそういうモノで成り立つ存在は普通の場合こっちの世界では存在が難しいらしい。
 こっちとかあっちとか言ってるけど、なんか世界って、重ねられた膜のように何枚もあるのだとも言ってた。だから、境界線は薄いから出入りはできるけど世界が違うから当然隔たるぶんだけ難しいらしく。ファシルの世界っていうのは、極あやふやなもので形成されてると。
 ここまで聞いてて頭パンクしそうになっちゃった。あんまりにもややこしいから、
「それじゃあ最初からそう言えば良かったじゃないか!」
 って思わず言っちゃったら、
「今この程度の話も咀嚼できない人がいきなり言われて理解できるんですか」
 とか嫌味言われたし。……私やっぱり馬鹿なのかな。いやいや、それはともかくも。
 そんなファシルがこの世界で存在する為には、十分な力と精神を留めておく寄り代が必要ならしいと。それになぜか双が選ばれちゃって(理由は何故か教えてくれなかった)こうして力がない時は双の中に居座っているらしい。
 で、なんで昨日あんなにちっちゃかったというと(ああややこしい)、その時ファシルの方が大分弱っていて、双の中の力みたいなもの迄借りていた(普段は大事な寄り代の力を奪う事はしないんだって)。
 だから逆に双の精神のほうが力を奪われて、身体がそれに合わせてちっちゃくなっちゃって、実質ファシルが双の身体を動かしていた。
 それじゃあ二重人格みたいなものなんじゃないの? って聞いたら、ファシルが寄り代の力を貰っている時は精神を繋げているから殆ど意識が混同しているんだって言ってた。なるほど、だからあんな矛盾に意地悪丁寧だったのね。
 でも混同してるって言ってもなんで容姿まで変わってるの? しかも私が感じるになんか混同してるって言っても意識が基本ファシル寄りだし。意地悪っぽいから。
「それは、双のほうがファシルに支配されているから」
 支配? それって、やっぱり、ファシルが双を従えてるって事?
 なんで、そんな物凄い事に。
 不可解さに思わず顔をゆがめると、金双のままの双とファシルは(ああもうややこしいったらない!)なんだか掴めない笑みをうっすらと浮かべた。
「寄り代に選ばれた人間は、服従するしかない」
「服従……?」
「そう。だから双は、ファシルの僕」
 なに、そんなこと。笑ってるけど、なんのつもりで笑ってるかわからない。悲しいの、可笑しいの。どっち。どっちが、そう言っているの。どう思ってるかわからない。
 だけどなんだか悲しいような、虚しいような。責めるといっても、責められないし。何がよくて何が悪いか判断しきれるほど冷静にはなれなかった。
 どうしよう、こんな事聞いちゃっても。私、どうしたらいいの?
 なんだか気まずくなって口を閉ざすと、ファシルが途端にふっと瞼を閉じる。刹那、双の髪の色が変わる。いつの間にか二人は分離していて、ファシルがまた双の隣に座りにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
 うううん、やっぱり感じ悪い。
 リアクションに困って双を見ると、酷く無表情に床を見つめていた。なんだか、私と目を合わせないようにしているようで。どうしたんだろうと声をかけようとした時、ファシルがそれを遮った。
「安登、お前双に同情してんの?」
「……どう、じょう、って?」
 ああ、もう。ほんとに根っからこの人は嫌な感じなのかな。
 いい加減黙っていられなくて、私も挑むようにファシルを睨む。
「そんなの、貴方に教えるつもりはない。それに……」
 最初から最後まで自分だけ楽しそうに笑っちゃって。人のこと僕扱い? 上から人を見ているつもり? なんか腹立つのよ。
 私の態度を見て楽しそうに笑うファシルの鼻を明かしてやりたくて、はっきり言ってやった。
「私が同情する相手は双よりも先に、貴方のほうだよ」
 一瞬にして、ファシルの笑みが消える。滾る怒りを秘めた、熾烈な眼差し。それにぞっとした瞬間、ファシルはまた嘲るように微笑んだ。
「いや、それよりも先に、自分に同情すべきだろう」
 何を言っているの、と聞く前に目に入ったのは、俯く双の険しい表情。何か良くないものの予感を感じ取った私に、ファシルは勝ち誇ったように囁いた。
「お前も既に、俺の僕なんだよ」

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