わたし(家庭教師)

方程式の成り立ち―3―

「じゃあね〜……間をとって黄色にしよう!」
「嫌です」
 きっぱりと、無情な声で切り捨てられた。
 双の目の前には青と、緑と、黄色の小さなパジャマが三つ。私が子供の頃に着ていたものを引っ張り出したものだ。どれがいいかと聞いたらどれでもいいと答えたくせに、なんで黄色は駄目なの? 可愛いのにっ。
「どこが嫌なの? きっと似合うよ」
「似合いません。猿柄で喜ぶほど僕は酔狂な趣味はしていません」
 そう、黄色は猿柄他のはみんな無地か無難な柄。私は猿柄が一番好きだったけどな〜……。
 黄色が良いな〜っと目で訴えてみるもすっぱりと無視されて、双は青いパジャマをとってお風呂場へと向ってしまった。冷たいやつ。


 双を待っているうちに眠ってしまったみたい。ソファに頭がこてんともたれて、慌てて顔を上げた。
 すると。
「うわぁ!」
 変な声を上げてしまったのは仕方がない。目の前に双の顔があったのだから。
 私が驚いても双は引こうとせずにじっと見てくるので、じりじりと横に体ごと批難した。
「なっななななな何っ? そ、双!」
「……そんなに驚かなくても。起こしてあげようとしただけなのに」
 ふっと意地悪げに微笑んで、双はしっとりと濡れた金髪を掻き揚げた。
 絶対わざとだ。わざとあんな至近距離で見てたんだ。うう、絶対眠りこけたアホ面見られた。悲しくて恥ずかしくて今更だけど顔を覆うと、双がひょっと覗くようにして首をかしげた。
「なんで隠すんですか?」
「……乙女の寝顔を凝視するなんて酷い」
 指の間から睨みながら批難の言葉を浴びせる。私だって人並みの恥じらいくらいあるのに。しかも対して知らない小学生に観察されるってっ! 恥ずかしいにも程がある。
 ううううと嘆くと、双がくすりとまた笑う。何がおかしいんだと顔を上げるといつのまにか両脇を挟むようにして双が背もたれに手をついてきて。びっくりする私の耳元を、楽しむような双の声がくすぐる。
「可愛かったですよ。見惚れるほどに」
「はあーー?!」
 ぞくっとした。小学生なのに、あまりに色っぽい声で。鎖骨が見えて、妙にセクシーで。
 そんなところを見てしまった事とそれを意識してしまった自分にさーっと青くなり、頭を下げてすぐに双の腕から逃げた。
 ありえない、私これじゃあ変態だよ!
 脱兎のごとくお風呂場に逃げて、後で双が笑ってる事になんて気付かなかった。


 ああ、のぼせてしまった。双が変なこと言ったりするからいちいち気にしてお風呂の中で悶々と考えてしまった。
だってね、最近の小学生はあんなませてるの? 普通初対面の人に言わないって! ……いや、その前に知らない人の家に泊る事自体なんかおかしいけど。でもそれと同時に……私の反応もおかしかったよねぇ……。だってなんか本当にあの子大人みたいで、落ち着かないっていうか。
 だめだめ、多分あの子のペースに飲み込まれてるからだ。なんだか普通の子供じゃないもん。気をつけよう。
 そしてむん、と気を入れなおしてリビングに戻ると、双がこくりと舟をこいでいた。さっきの私みたいに、ソファの上で。……さっきの仕返しだ、私も思う存分見分してやる。
「……睫ながーい……!」
 外国のお人形さんみたいだ。お風呂で火照った頬は桃色で、薄い唇も微妙に開いていて艶っぽい。睫は濡れた様に滴れてきらきらとしていて、その寝顔は初めて双を年相応に見せた。
「……家出して知らない人の家に泊るなんて……普通できないよね」
 彼の無防備であどけない寝顔を眺めていて、少し心配になった。
 だってそんなの一歩間違えたらどうにかなっちゃうかもしれないし一か八かの選択だよね。そこまで切羽詰ってたのかな。そこまでするよほどの理由が彼にはあったのかな。やっぱり、明日は休みだしちゃんと話を聞いてあげようかな。こんな子供が困ってるなら助けてあげたいし、見過ごしてじゃあバイバイなんて薄情すぎるよね。
 お母さんが帰ってきたら相談してみよう。
「でもホント……なにがあったんだろ……」
「気になる?」
「うん。あ、いや、言いたくなかったらいいんだよ全然!……いやでもさ……って、えっ!?」
 気がつけば双はすっかり目を覚ましてまた小生意気な表情で私を見上げていた。
 うああ、やばいやばい誤解されちゃうっ!
「ちっ、違うよ! そんな仕返しとかそんな」
「へぇ……仕返し……?」
 あわわわわ。なんてこったいばれちゃった。
 慌てて後ずさると、じっと双は見つめてくる。じぃいぃいっと凝視されていたたまれなくなったとき、双はあくびをかみ殺すように口元に手を当てた。
「……安登。眠いです」
 あくびの余韻か涙目で見上げてくる双の顔があんまりに可愛くて。くすっと笑ってまたご機嫌を損ねてしまった。


「う〜ん……どうしよう……」
「……別になんでもいいですけど」
「だってあっちだとなんか微妙だしかといってこっちだとそれもまた微妙だし」
「君は、一体僕にどうして欲しいんですか」
 う〜ん…どうしよう。二階の廊下でうんうんと唸り、その隣で私を呆れた表情で見上げる双。
 だってね、こういうときどうしたらいいかよくわからなくて。双が眠いって言うからもう寝るってことになったんだけど、双はどこで寝たらいいんだろうって話であって。私の部屋で双の分は布団をしいて寝るか、それとも双には別室で寝てもらうか。
 普通に考えたら別室のはずなんだけど……双をお客様として招き入れたわけでもないし、実際は今日が初めてで突発的に来ちゃったわけだし。しかもお客様用のお布団がどこにあるか、私知らないんだよねえ……。お泊りするお客様呼ぶことも滅多になかったし。
 どうするべきかなぁ。でも私の部屋で一緒に寝るって言うのもな……。思い切って、双に任せる事にした。
「双……どっちがいい?」
「……希望的には安登の部屋ですけど」
 ちらりと横目で見上げてくる。
 あたしの部屋か……希望……希望? ナニソレ。
 えっと思って見返すと小さくため息が聞こえて。双は観念したような表情で淡々と答えた。
「淑女がやすやすと男に気を許すものじゃありませんよ。心配なら僕はリビングで寝させてもらいますから」
 ……古風な子。
 ああでも、こんな風に言うのなら心配ないかもしれない。なんだかどうでもよくなってしまい、双の手を引いてあたしの部屋に招きいれた。あんまり広くはないけれど、狭いって訳でもない。双一人寝る分には別に不自由はないでしょ。驚いたように私を見上げてくる双の前に布団を一式クローゼットから出してぼすんと置いた。
「いいや、ここで寝ちゃいなよ。暖房節約になるし」
 呆気にとられる双をほっといて布団の準備をしてシーツをはって、準備万端にした。私のお布団だけどいいよね。ベッド買ってから使ってなかったやつ。
 そして特別に私の安眠枕君を双に手渡す。双はおずおずとそれを受け取って微妙な表情をした。
「安登には警戒心と言うものはないんですか……」
「……ん〜……そりゃ男の人とは寝れないけどね」
 もう双には寝顔まで見られちゃったんだもん。もういいや。それにほら、修学旅行みたいでわくわくするでしょ。双が呆れたように布団の上に座ったとき冗談で
「枕投げでもしてみる?」
 と聞いてみたら、不機嫌な表情で
「子供じゃあるまいしやりません」
 なんて返ってきた。子供の癖に、おかしな子。

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