隣りの子ねこ

猫も子ねこも持て余す―後編―

「……きょっ、今日は、ロールキャベツを作ってみたので、その、えと、試食してくださったら、いいなと……」
「……ありがとう」
 そういえば、まだ夕飯食べてなかった。というか、この子が毎度毎度持ってくるからそれまで食べなくなる癖がつきかかっていたのかもしれない。
 正直今はあんまり食う気も起きてこないんだけど、これ絶対俺の分も含めて作ってるから食べきれないよな。
「……上がる?」
「えっ?」
「いつも悪いし、コーヒーくらいしか出せないけど」
「は、はいっ、はい!」
 なんとも嬉しそうな事。
 今までは部屋に入っても入れる事はあんまりなかったんだけど、いいよなもう。別れたわけだし、何かする気も全くないし。そう思い引き入れた彼女からは、微かに甘い匂いがした。
「好きなとこ座って」
「は、はい」
 いつまで経っても慣れないのかなんでこう反応がいちいち面白いんだろうな。おかしくて思わず笑うと、座るのに逡巡していた彼女はその場にすとんと座って俯いた。
 こういう、素直に照れてるところが可愛いな。そう、思ったら、何故かふいに美咲の顔が浮かんできた。あのいつも明るい女がたまに浮かべた、不安げな表情。俺はそれがあいつには凄く似合わない表情のような気がして。いつも、気付かない振りをしていた気がする。
「はい」
「あっありがとうございますっ」
 コーヒーを飲むだけなのに、肩に力入りすぎと違うかと思うほどに緊張している。
 無理も無いか、こんな時間に男の部屋なんか入ったしな。つーか、俺が入れたんだけど。俺の馬鹿友感覚で入れたらダメだったな、年頃のお嬢さんには配慮が足りなかったかもしれない。
 とりあえず、彼女が飲み終わるのをじっと見てたらそれはそれでもっと固まるだろうから。
「俺もそれ、食べていい?」
「え……はぃっお願いします!」
 ……マジで面白いな。
 未だに器を抱えていた彼女からそれを受けとると、温め直す必要もない程暖かかった。
「――美味いよ……っつーか、美味くなったね」
 ガスの元栓も分からなかった頃から比べると、見上げた進歩だ。相当練習したか元々そっちは飲み込みよかったかのどっちかだな。いやもしかしたら両方かも。
 美咲とは大違いだな。あいつ、ちっとも作らなかったし、それどころか俺に作らせて喜んでた節があったし。あいつが俺に何か作って来る時なんて、バレンタインくらいしかなかった気がする。
「……あ、そうだ」
「え?」
「ちょっと待って」
 バレンタインのキーワードにふいに思い出す。
 まだ鞄の中に入れっぱなしだった、チョコレート。去年も一昨年も手作りだった美咲が、今年は何故か市販で買ったチョコ。そして最後のプレゼントになってしまったもの。
 コーヒーだけじゃ味気ないし、俺もそんな甘いもの好きなわけでもないし。市販のやつなら、この子に食べてもらっても何にも支障は無いだろう。
「コレあげるよ」
「……え、でもコレ」
「ああ、賞味期限ならまだ大丈夫みたいだから。元カノから貰ったやつで悪いけど、高そうだから多分美味いと思うよ」
 何か、別れの記念みたいに、貰ったようなものだし。なんとなく食うのが引ける。捨てるわけにもいかないし、だったら誰かに食べてもらった方が良いんだと思う。
 そう、俺は思ったんだけど。
 手前に置かれたチョコを見つめて。途端に泣きそうな顔になった彼女は、俯いて、言った。
「いりません……貰えません」
 消え入りそうな声で、そう呟いた。
 何か、悪いことをしたんだろうか俺は。悪いことを言ったか?
『遊佐が悪い』
 ふいに、美咲の言葉が頭に浮かんだ。
「……やっぱ、重いかな。それとも甘いもの嫌い?」
「……甘いものは、好きです」
 何故だか、俺が言葉を発すれば発するほど、彼女は沈んでいっているような気がして。酷く、焦る。何かに追い立てられているような焦りが、俺を動揺させる。
 彼女と美咲は、違うのに。違う人間だと、解ってはいるのに。それなのに俺の目の前には美咲と彼女が一緒に座っているような気がして。不安げな顔が、ダブる。
「どうして、人にあげちゃうんですか。食べてくれないんですか」
「いや、だって、手作りならともかく、市販だし。別れた男にそこまで……」
「関係ないですそんなの。遊佐さんに食べて欲しいから、渡したんです……きっと」
 何で、君が言うんだ。全然接点もない関係も無い女の事を、自分のことのように言うんだ。
「俺……」
「コーヒー、ご馳走様でした。……おやすみなさい」
「ちょ、おい待、」
 突然立ち上がった彼女を引き止めるため、咄嗟に腕を掴んだ。それでも、何を言えばいいか解らない。何を聞けばいいか解らない。
 堂々巡りの一瞬。
 本文は、意味もなく俺を急かす。かち、かち、かちと。先へ進むことの無い、点滅。
「……なあ、」
 急かす。急かされる。
「――俺のこと好きなの?」
 初めての質問が、コレかよ。
「……っ好きじゃないです」
 手を振り払って、逃げる彼女。もちろん、追いかけることなんて出来やしない。美咲に振られたときと全く同じ心境。嗚呼俺はまた、置いてけぼりを食らったようだ。
 無意味な点滅はいつの間にか、待ち受け画面に戻っていた。

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