隣りの子ねこ

猫と雨宿り

「どうぞ」
「……ありがとう」
 ことりと、目の前にコーヒーを入れたカップを置く。ほかほかと、シャワーも浴びて着替えもして体が暖まったんだろう、落ち着いたように息をつきながらそれに手を伸ばした。
 トレーナーにジーンズ、いずれもサイズが合わなくてぶかぶかだ。まあ俺が女物持ってても逆に怪しいからいいんだけどさ。
 雨は止みそうにない。屋根を打つ音が相当大きいから。俺は飛び入りの猫をちらりと一瞥し、やれやれと肩をすくめ向かいのベットに腰掛けた。
 猫を持ってきた女の子が猫を差し置いて雨宿り。なんだこれ。鍵を亡くしたから俺を頼ってきたらしいけど、正直微妙だ。
 俺は自分のコーヒーを啜りつつ、ちらりと目の前の子を盗み見る。テーブルを挟んで座る彼女は、まさしく子猫のように小さく縮こまっていた。今更緊張してるのか? 何もする気はないんだけど。
「あの、さ」
「は、はい」
 ううん、なんだかな。そう緊張されると俺まで緊張してくる。間が持たないから話しかけたのに逆に話しづらくなってきた。もう話しかけちゃったもんはしょうがないけれど。
「……あの猫、どうすんの? 出て行っちゃったけど」
「えっ、あ、…………」
 まあ今更って気もするけどどうなのかなーと思った。で、途端に後悔半分罪悪感半分な表情になる。要約すると『どうしよう逃がしちゃった雨に打たれてるかもしれない』……かな。わかりやすい子だ。
「あの……えと、その、探しに行ったほうがいい、ですか……?」
 俺に聞くなって。
 答えようがなくて黙っていると、段々と泣きそうな顔になってきた。おいおい俺のせいですか。どうしろってんだよ。
 気まずい沈黙。馬鹿みたいにうるさい雨音だけが響く。段々と重くなる空気の中で先に動いたのは、彼女のほうだった。
「あのっ、私……さ、探してきますっ」
「っは?」
 コーヒーも残したままいきり立って出て行こうとする。まあ当然俺もそれを止めるべく、咄嗟に彼女の手を掴んだ。
「きゃっ」
「あ、ごめ……ん……」
 掴んだ途端彼女が短い悲鳴を上げ、俺も弾かれたように手を離す。さっきよりもずっと厳しい気まずさが流れ、二人してその場に立ち尽くす。
 あーもーなんだこれー。きゃっとか言うなよ。襲ってるみたいじゃん。いや、だって仕方ないだろうこればっかりは。こんな雨の中捜しに行っても仕方ないしまた雨に濡れるだろうしそれでまた今の二の舞になるだろうし俺の服が濡れるだろうしとにかく色々。
 真っ赤になって泣きそうな顔をする極めて微妙な表情の彼女を見下ろし、俺は彼女が結構な直情型なのだということを察した。
「えーっと、とりあえず今は行かないほうがいいんじゃないかな……」
「…………でも」
「自分で行ったくらいなんだから大丈夫だって」
 酷く罪悪感いっぱいに顔をゆがめるその様が少し可哀想になって、宥めるように頭をぽんぽんと叩いてしまった。やべー馴れ馴れしすぎたかな、と思ったけど彼女は顔が見えないくらいに俯くだけで何も言わない。
 思った以上に手のかかる猫。やれやれだ。少し跳ねた髪をくっと引っ張って、注意をこっちに向けた。
「雨が止んだら、捜しに行けばいいんじゃないか」
「……う、ん」
 まだ何か、言いたげな顔。もう一つの心配は、俺に向いているのだろうか。
 初々しいその様が微笑ましくって少し噴出してしまい、俺は不思議そうに見上げてくる彼女に誤魔化し混じりに言った。
「それまで……暇つぶしに、雨宿りしていけば?」
 いつのまにか雨音は少し穏やかになり。そう長くない雨宿りのひと時。表情豊かな子猫の相手をして、結構悪くない暇つぶしが出来た雨の日だった。

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