隣りの子ねこ

猫は飼えません

 俺の住まいは狭いアパート。六畳間なんて地球に優しいスペースで、男一人暮らしている。一人暮らしというものは最初は骨が折れたけれど、慣れてみると結構悪くない。親の監視下にないことがこんなにも自由を感じることだったとは思いもしなかった。
 男の部屋って言うと結構散らかっているようなイメージを持たれがちだが、ところがどっこいそれとは逆だ。むしろ一人で何でもしなければと言う意識が働くのか、いつでも人を呼べる程度には綺麗にしてある。それで女やら友達やらを連れ込んでは一人暮らしの醍醐味を満喫したものだ。女の子の一人暮らしは危ないというが男には是非推奨する。
 まあ俺がここまで言うほど一人暮らしというものは素晴らしいんだが、同時に厄介事も舞い込みやすくなるらしく。近所づきあいだのなんだのと、隣人との関係もきちんとしなければならない。
 例えば隣が夫婦だったりすると、喧嘩の時は薄い壁越しに死闘生ライブが聞けたり、逆に睦まじい時は生々しい色物ライブが聞こえてきたり。そんなことがあっても翌日は何事もなかったかのような顔をして挨拶し、おすそ分けを貰ったりしてにこやかにお礼を言い、まあ、知らん振りを決め込むわけだ。
 逆に隣に浪人生が住んでいたりすると、薄い壁越しなので少しの音も気にしなければならなかったり翌日挨拶を無視されても気にしないようにしなければいけなかったり。
 隣人によっても生活が大きく左右されるという事だ。面倒。まあでも今は隣には受験生もいない、夫婦もいない。で、新しく現れた厄介ごとってのが……猫ときたもんだ。
「無理」
 はっきり言うと、あからさまに残念そうな顔をする。目の前には最近越してきた女子高生。なんと一人暮らしらしい。ありえないと思う。
 腕に中には小さな子猫。純真な丸い瞳で無邪気に俺を見上げてる。俺に飼って欲しいときたもんだ。同じアパートに住んでるんだから同条件で俺も無理ってことを知らないのか。ありえないと思う。
「でも、あの……今更捨てられない……し」
「いや、捨てるも何も首輪ついてんじゃん」
 飼うも飼わないも飼い主いるだろ。
 何が言いたいのかと見下ろすと、彼女は玄関口でまごまごと突っ立ったまま猫を抱き締める。よく見ると彼女も猫もずぶぬれだ。
 なんなんだ、こいつら。俺にどうしろって言うんだ。マジでありえないと思う。
「……風邪、引くよ」
「だってこの猫……外になんか置けないし」
 で、なんで俺に相談するかな。知らんよそんな猫。自分の部屋に連れてけばいいだろと言いたいが、連れてけないからこっちに来たんだろう。
 なんかあったのか?
「とりあえずさ、猫預かってやるから着替えなよ」
「…………無理」
「は?」
 おいおい何が無理なんだよ。こっちが譲歩してやってんだろうが。
 どうしたいんだとイラついてきたら、俯いていた彼女が縋るように見上げてきた。
「鍵……ないの。どうしよう」
 うわ、しらねーよ。どうしようってお前二重に迷惑だなオイ。一人暮らしのコツは人様に迷惑かけないかけられない、だろうが。
 呆れた。普通鍵なくすか? ってかスペア持っとけよ。しかもよく知りもしないおにーさんに助けを求めるな、あぶねーな。が、しかし、それを言おうと思ったとき。
「にゃ」
 彼女の手の中の猫がぱたぱたとせがむ様に尻尾を振る。なんかむしろこの猫のほうが「中に入れてあげて」と言ってるような錯覚を覚える。
 ああ、面倒だ。猫なんて入れたくなかったのに。ほんとありえねえ。
「わかった、わかったよ。中入って、着替え貸すから」
「……いいの?」
 ぱっと明るい表情で聞き返してくるものだから、今更やっぱ無理とか言えなくなる。あーあなんか俺犯罪的。手出す気はないけど。
「あんたさ、今回は特別だけどちょっとは警戒しろよ」
 中に押し込みながら呆れ混じりにそう言ったとき、彼女の耳が真っ赤に染まっているのが見えた。その隙にするりと逃げ出す飼い猫。そのまま残った彼女。
 そのときぴーんと来た。ああなんてこった。厄介な猫を、引き入れてしまったらしいと。
 犯罪は無理、猫は飼えない。だけど振り返って追い出さないでと見上げる彼女の顔を見てしまった俺は、雨宿りくらいさせてもいいじゃないかと思ってしまった。

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