短編

「お願い、ここから出して」
 黒い大きな鳥かごの中で、羽の生えた少女が呟いた。見張りは俺一人だけ、他には誰もこの部屋にはいない。少女は捕らえられてからずっと、この部屋で俺と二人きりだ。世界中のもの全てに閉ざされたこの空間で、格子を握り締め俺を見つめる。
「出してどうなる。また撃ち落されて格子の中さ」
 さっきからこの少女は始終俺に助けを請い続けている。だけど俺みたいな下っ端にこの子を助けられるわけないし、助けようとも思わない。可哀想だとは思うが、結局捕まるならここにいたほうがまだマシだ。
「撃ち落されてもいい。飛びたいの」
 何を言っているんだろう。そんな、ボロボロの翼で。
 これまでに何発も弾を食らったんだろう。その羽は弾痕が数多に痛々しいほどの傷の深さで残っていて、少女の幼さとは裏腹に羽は抜け落ちやせ衰えていた。
「お前、死にたいのか? そこにいてずっとへらへら笑ってりゃいい待遇を受けれるんだから、飛べないくらい我慢しろ」
「死んでもいいから飛びたいの。……ここから出して」
 埒が明かない。死んでもいいから飛びたいだなんて、鳥人間はいかれてるな。俺はそうぼんやりと思いまた口を閉ざして、小さな少女の見張りを続けた。


 少女は捕まってからずっと、与えられた食事も何も口にしなかった。かたくなに拒み続け、日に日に少女自身もその翼と共に弱っていった。
 それを間近で見せ付けられる俺はたまったもんじゃなく、とうとうある日少女に向かって叱咤の言葉を投げつけた。
「お前いい加減にしろよっ!? このままだと死ぬぞっ!」
 少女は格子にもたれかかって力なく笑った。
「飛べないなら……死んでいるも同じだわ」
 信じらんねえ……。ああわからねぇよ! 俺は飛んだ事なんてないからな!
「お前は今後一切飛べない! それでいいだろうが! 何故生き延びようとしない!」
 がしゃんと格子を掴んだ為鳥かごごと揺らぎ、少女はその振動で横たわった。……まるで本当に、撃ち落されて死を待つだけの鳥のようだった。
「生きたいから……飛びたいの。私は飛ぶ事で、生きていけるの」
 鳥……。鳥は、飛ばなければ生きていけないのか? 鳥から羽をもぎ取ったら、どんなに世話をしても死んでいくというのか?
「……どうして、そこまで飛ぶ事に執着する」
「空が私の生きる世界なの……。空に帰りたい……っ!空に……返してっ……!」
 横たわる少女の目じりから一筋、涙がゆっくりと伝っていった。
 俺はその時直感した。この少女は、このままだと死ぬ。
 飛べない鳥は……死んでいく。


 何をしているんだろう。俺は。こんな事したって、今度は俺が殺される。それでも羽のように軽い少女を担いで、塔の一番上へと昇る。
 そして少女は、空に下に解放された。
「いいの? 私を助けて貴方は大丈夫なの?」
「何いってんだよ、あんだけ出して出して言ってたくせに」
 少女は空へと飛び立つ事をためらっている。
 いいんだよ、飛んでくれれば。君が飛ぶ姿が、見たい。
 少女の背中を押しやって飛ばせようとしたその時、塔の扉が荒々しく開いた。そして俺の背中を何かがものすごい速さで、貫いた。
「ぅあ、まじかよ……いってぇ……」
 撃たれた。あっけなく、撃たれた。肩から夥しく流れる血を見て取り乱したのは、俺ではなく彼女。
「い、いや、どうしてっ!? し、死なないでっ! ごめんなさい……!わ、わたしっ!」
 少女はぼろぼろと涙をこぼして血の滲む俺の胸を見つめる。
 ……あーぁ、撃たれちゃったか。どうにも出来なくなる前に、早くこの子を逃がさないと。
「ほら、早く飛べッ! 俺が奴らを止めとくからっ!」
 それでも少女は飛ぼうとしない。首を横に振って、俺の手を握り締める。
 ばか、鳥が飛ぶ事拒んで、どーすんだよ。
 しょうがないから、少女の背中を突き落とした。
「あっ!」
「じゃぁな、飛べ! どこまでも飛んでいけっ!」
 旋回して、少女は飛んでいく。
 俺は追っ手を引き止めて、見事に弾を食らった。だけどかまわない。

 何発弾を受けたって、飛べるんだ。
 ああ、ほら。空に高く高く舞い上がる、白い翼がきらめいた。
 飛べ。飛べ。どこまでも、飛んで行け。
 俺も一緒に、飛んでいくから。

The end.

http://mywealthy.web.fc2.com/
inserted by FC2 system