ODD STORY

3.王様の耳はロバの耳

 こんななりじゃ誰だって信じられないかも知れないけど、あたしは実は世に言うお嬢様の生まれだった。母さんはあたしが小さい頃に他界していて、あたしには父さんだけだった。だから父さんの言う事は何でも聞いたし、逆らう事なんて何一つしなかったし考え付きもしなかった。
 父さんに認めてもらいたくて、褒めてもらいたくて、突き放されたくなくて。とにかく父さんに言われた事はなんでも完璧にこなして、それから頭をなでられて褒められるのがあたしの全てだった。その時はまだ小さくて、父さんしか見えてなかったからってのもあるんだけど。
 でもやっぱり子供って成長すると視野は自然と広くなる。学校に行って、友達や先生の話を色々聞くようになって、あたしはある疑問を持ち始めた。
 あたしは十分にいい子だけど、父さんに怒られた事ないな、って。だからちょっとした好奇心で、塾とか習い事とかサボったりしてみたんだ。やっぱり友達のお父さんみたいにすっごく怖い顔で怒るのかなって色んな意味でどきどきしながら。なんかわけわかんない期待だけど、あたしには初めてのことだったしね。
 でも父さんは怒らなかった。代わりにもっと習い事が増えておまけに見張りまでついて、あたしの周りを一部のすき間もなく埋め尽くすように縛り付けた。
 そうしてあたしは父さんに否応なく毎日を操作されて、それゆえに父さんに会う事もなくなっていった。

 あたしはそれでやっと気付いたんだ。あたしが何をしようが父さんが怒る事はない。あたしは父さんの為に、いや、父さんがあたしをマリオネットのように動かして、あたしは今まで生きてきてたんだ。
 あたしは操られなければ微塵も動く事ができない、ただの人形だったんだって。人形相手に誰が本気で、怒るんだろうって。





「やりたい事が見つかって、俺は早速絵を描きだした。すごく嬉しくて楽しかったよ、絵を描くことが。自分が自分のしたいことをやって、それに生きがいを見つけられた事が」

 王子様は絵の中のお姉さんの指をなぞって、焦がれるような瞳をそれに向けて言葉を紡いだ。お姉さん―王子様のお母さんは赤ん坊に、王子様に向けて絶え間なく愛情を注いでるように、微笑んでいた。
 あの絵を見ていてあたしは自分の感情に、一瞬とらわれてしまっていたので王子様の声にはっとした。不思議な絵だ。胸をじぃんと締め付けて、色々な事を思い出させて、考えさせられる。でも今はそれを思い出すのは、辛いから。だから王子様のほうへと意識を向けるために、あたしはようやく口を開いた。

「それはなによりも、幸せな事だね」

 王子様はまたこっちを見て、苦笑しながら目を合わせた。

「…わかるか」

「うん」

 わかりすぎて、どうしようもなく羨ましくなる位にね。あたしには未だにしたいこととかやりたい事、ましてや生きがいなんてないもん。だからそうゆう人を見ると羨ましくて、また自分がつまんない人間に思えてくるよ。
 でもそれから王子様はまた悲しげに、でもそれももう受け入れてしまっているかのように目を伏せて言った。

「俺は幸せだったんだけどな。それは許されないことだったらしい」

「…どうゆうこと?」

「父上の…国王陛下としての命で俺の描いた絵は尽く燃やされ、また俺もそれらの道具に触れる事、見る事すら禁じられた。それからは何をするにもどこに行くにも国王直下の臣下が見張りについて俺に指図して、また前の俺に戻ってしまったというわけだ」

「それに抗おうとはしなかったの? もう…言う事を聞くだけの王子様じゃなくなったんでしょ?」

 いきなり王子様が絵の横の壁をだんっ!と拳で叩きつけて、額縁の隅から埃と塵がぱらぱらと零れ落ちた。苦悩に顔をゆがめて王子様は、精一杯搾り出すように呟いた。

「言っただろう、俺は逃げようとしたが、敵わなかったと。あらゆる手を尽くして父上は俺から抵抗の力を奪い、孤立させた。またそれでも逃げようとしたが力のない俺に何ができようか。あっけなく掴まり元に戻り、戒めは更にきつくなりまた逃げれば掴まり更に縛り付けられ、耐えようのない堂々巡りだ。どんなにか俺が自由を求めようとも、あちらは全力で俺を拘束するんだ。…………諦める以外に…どうすればいいって言うんだ…」

 額に手を押さえて王子様は壁にもたれかかり、そのままずるずると座り込んでしまった。

「俺は、怖くなったよ。このまま父上の言いなりのまま生きて……それで何が、残るのかって。何も残らないんじゃないか。俺が居た形跡すらどこにも残らず、ひっそりと、ただ消えていくだけなんじゃないのか……とな」

 ふいに、なんだか、無性にやりきれない気持ちがこみ上げた。…悔しい。悔しくて悔しくて、我慢できないくらい、悔しくてたまらない。どうして子供を、縛り付けるの? どうしてここまで追い詰めてもなお、気付かないの?
 子供は貴方たちの玩具でもなければ、人間でもないんだよ。
 王子様は、あたしは、人形なんかじゃ、ない。
 あたしは、憤然となって、王子様の腕を引っ張り王子様を立たせた。

「なっ、なんだ!?」

「王子様の親父に一言物申しに行くぞ!!!」

「はっ!?」

 王子様は相当びっくりしたようで、口をパクパクとさせている。王子様がそんな池の鯉みたいな顔しちゃいけませんっ!

「なっ、おっ、国王陛下にかっ!?」

「もちろんだとも。さぁ行こうじゃないか」

 王子様の腕を引っ張ると王子様はふんじばって動かない。こらっ! 駄々こねるんじゃありませんっ! 王子様はさぞや動揺しているんだろう、目を泳がせて顔を背ける。往生際が悪いなー…男だろ! ついてんだろ! …いけね、逆セクハラ。

「何をうじうじしてんのさ王子ちゃん」

「ちゃん付けするなっ! そ、そんなことが許されると思ってるのか!?」

 …はぁー…。なんか千の言った事も少しだけ頷けてきたよ。
 悲劇ぶったって話はすすまねーんだよ。そんなんじゃあ観客だって、野次を飛ばすに決まってらぁ!あたしは王子様をぎろりと睨んで、掴んでいた腕を目の前に来るように掲げた。

「この手で絵を描きたいんじゃなかったのか! それを強く思っているなら、自分が直接動いて打破しなければいつまでたってもあんたは縛り付けられたままなんだよッ!?」

 思いっきり怒鳴りつけて、王子様の腕をそのまま押し返して離す。すると王子様は自分の手をじっと見つめて、それから硬く目を閉じた。ぎゅっと手を握り締めてまた目を開く。今まで頼りなく揺れていたその漆黒の瞳は、力強く、内に秘めた決意で硬く支えられていた。

「…行くぞ」

 一言だけ言って王子様は今度は逆にあたしの手を取って歩き出した。あたしの手を握るその手は震えていたけれど、確かな力と熱がそこに込められていた。




「言いたい事は、それだけか? 王子よ」

 目の前にはでっぷり膨らんだ腹が自慢ですとでもいいたげな王様が、椅子にみっちりそのギネス級のでかさのケツを押し込めていた。頭には金色の王冠がちょこんと乗っかっていて、でもあんまり似合ってはいない。その声だってまるで威厳があるんだぞ俺は、って感じの自己主張的な口調で、聞いてるこっちは馬鹿馬鹿しくてたまらなかった。
 王子様とあたしは(不本意ながらも)跪いて、王様に謁見…というかぶっちゃけて言うと苦情?を王子様のやたらご丁寧な言葉で並べ立てていた。
こんな言い方で本当に伝わんのかなぁ? 何を言っても王様の目にはこれといって変化はなく、王子様は焦ったように顔を上げて言い募ろうとした。

「父上っ! 俺…いえ私は」

「国王陛下と呼べ、馬鹿者。全くお前は本当に駄目な王子だな」

 冷めた物言いで王様は遮った。なんだか聞くのすらわずらわしいといった表情で椅子に頬杖をつき、人の話を聞くような態度じゃない。
 むかつくわこいつ。それでも王子様は辛抱強く王様を見上げている。

「…ご無礼お許しください、国王陛下。ですが私は、自分のしたいことをやりたいのです」

「お前はまだ子供だろう」

「自分が何をするべきか見えるほどには大人になりました」

 おお、言えるじゃんか王子様っ!
 でも真摯な目を向けて言う王子様の目を見て王様は、急に笑いだした。

「何を言っている、お前は。逃げる事しか考え付かないお前のどこが大人というのだ。戯言を言うにもほどがあろうぞ」

 言っている事はもっともな感じなんだけど、妙に癪に障る物言いだった。だって王子様、少しだけ傷ついたような目になった。それでもそれに気付かずに、王様は更に愉快そうににやりと皺を刻んで嘲りの言葉を重ねる。

「お前は何もわかっていないな。愚かな王子よ。お前はこの国の王子として生まれ出でた事ですでに恵まれているのだ。この上欲深くも何を求める。お前は私の言う事を聞いていればそれでいい。それがお前の幸せであり、最良の道であるのだ。大体…何もできないお前を自由にしたところで、何の意味がある?」

「…このデブ」

「は?」

 ぼそりと呟いたあたしの言葉に耳ざとく、王様は聞き返してきた。

「このデブって言ったんだよ勘違い国王陛下様っ!!!!!」

 耳は良いくせに肝心な言葉だけは届かない都合のいい王様の耳に届くように、あたしは精一杯声を張り上げて叫んだんだ。

  

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