1.王子への恋なんて捨てろ
自分の夢って難しい。見つけるのが難しい。叶えるのが難しい。叶えるために突き進むのが、難しい。
ナニソレ、難しいことばっかじゃん。やんなくていいじゃん。なーんてはたから見たら思うんだけど、そうもいかないんだよね。難しくたってなんだって、心は夢を追い求めてしまうんだから。
「ねぇ、なんですかコレ」
「黒は女を美しく見せる…ミステリアスジュエリー…」
「いやそんなキャッチフレーズいらないから、しかもジュエリー入ってねーし。御託はいいからさっさと答えろ」
「国産純黒絹100%」
「…いま正直に言えばていこさんも半殺しで許してやる」
「……浴衣」
「浴衣っ!? ゆかたあぁああ!? これがっ、これがか!? この喪服がか!? あーよし! 開いてやる! 今あんたの葬式を開く事に決めたぞていこさんは!」
あたし達はお姫様たちの話が完結を迎え、ひとまず本から出て本拠地の城?(外観見たこと無いの。ばばぁは狂ったように飛び回ってるけど)に戻ってきたんだけど、なんだこの有様は?
とりあえずご飯も食べて人心地ついてさー風呂入ろうってうきうきだったのに、上がって見ればコレ、喪服。喪服が用意されてました。
なにこれ? 何かの前兆? 身内に不幸があるってか? 残念! あたしに死んで困る身内は居ない! ザマーミロっ!
「ねぇ、あのさ。ぶっちゃけ嫌がらせだろ」
あたしの着ている浴衣は上から下まで真っ黒。白い帯で絞めてあって、模様も無ければ文様も…なし。
ちなみに千はいつもの黒スーツでまた本を読んでいた。…こいつ黒スーツ何着もってるの? 同じジャージをロッカーに取り揃える体育教師みたいな奴だな。
ってか序盤から黒ぶっ通しだったけどこんな陰気な話があっていいわけ? 大体花も恥らううら若き乙女のていこさんがこんな色似合うわけねーんだよ。とかなんとか不満もあらわな顔で考えていると、千が本に目を留めたまま呟いた。
「どこが花も恥らうんだ? まずその男も真っ青の口調を恥らえ」
「読むなっ! 人の心を読むなっ! 男の前ではもっとましだわ!」
いや、ごめん実は嘘。これまで余裕でこれで通してきました。え? なに? あたしって男も真っ青? 今、初めて知った衝撃の事実に彼氏いない暦20年の歴史が走馬灯のようにあたしの頭を駆け巡ったね。
しかし何もしらない千はにやりと意地悪い笑みを浮かべて更にとんでもない事をのたもうた。
「あちゃー…とうとう暴露したな。もうぶりっ子できねーな、これ全国ネットで放送してるぜ」
えっ、えぇええ!? まじでか! どうやって!? ってかこいつ徹底した嫌がらせ振りだよ。何? 悪魔って陰気ねちねち? ぜってー心にカビ生えてるよ! いや、落ち着け。全国ネットといってもコレを見てない人間も居るはずだから、そいつらを狙えば…。なんか空しいなー…そんな残り少ないモグリに未来の望みをかけるなんて空しいなあ。だから彼氏できないんだよ。
うわ、なんかこいつと話してると自虐的になってくる…。恐るべし悪魔…。だめだ、話をそらそう。
「もっ、もういいよ。とにかく、次の仕事はっ! ほれ!」
勢いにのってぱしーんと千の後ろ頭を叩くと今までにないほどの殺気をこめた目で睨まれた。もうやだ…悪魔嫌い。
「そんなに逝きてーなら今すぐ連れてってやるよ」
「いや、えっ? 逝く!? 逝くの!? やだよっ、あんたと地獄へランデブーなんてそんな事実が地獄だっ!」
あたしはすぐさま回れ右をして逃げの体制に出た。でもやっぱりあたしの葛藤も空しくすぱっと千に手をとられ、また螺旋ワールドへと真っ逆様に落ちていってしまった。
「うーん…もう、もう殺っちまいなあ!」
「何をだよ」
はっ! なんだここはっ!? 地獄かっ?
きょろきょろと辺りを見回すと隣には千があたしを見下して(見下ろしているんじゃない、見下している。目が。)いて、その背後にはなんと…でっけえでっけえ天使が住んでそうなほどに純白の宮殿が。びっくりする以前に千の黒さとの対比が凄くて引いた。
「どこじゃい、ここは」
「王子ん家」
王子ん家。家か。いや、王子だったらそりゃ城が家だろうけど…どうも家庭的で暖かいなぁ…。
でもまぁとにかく千に見下されるのも無性に腹が立つのであたしも立ち上がった。なんとまあ、全体を見たらよくわかったよ。確かに城門のまん前だ。
「で、王子と仕事となんの関係が? なんの王子なのさ?」
「この間の姫を迎えに来るはずだった王子の城だ。原因究明が今回の仕事だ」
千は城を眺めながら答えた。この城確かに見ほれるほどでっかいよねー。ちょっとアラビアンチックだし。そしてあたしは城を見てはた、と思いついた。王子か…王子…あわよくば…。
千はあたしがにやりと笑うのを横目で一瞥すると、はぁ〜っとわざとらしく首を垂れてため息をついた。
「あわよくば結婚は無理だろ。波平の滅んだ毛根を復活させること並に無謀だぞ」
「人の心を読むなつってんだろッ! なんだその例え! 毛ほども可能性がないってか! ちっきしょうかつら着用してやる!」
「あれはダメだ、己の毛根の試練に負けた奴だけが着用するもんだ」
全国のかつら持ちを完全否定してるよこいつ。己の毛根の試練って好きで剥げたわけじゃないだろ。
いや…まぁていこさんも思うよ?また生えてくるかな〜なんて無駄な希望を託してかつら拒否、もしくは妙なプライドでかつら拒否をしている奴らはなんて愛しいんだと。いっそのことその残りの希望を引きちぎってやりたくなるくらい愛しいよ。でも、でも…!
………って違う違う!いいんだよそんなハゲの空しい努力なんかどうでもいいんだよ!
「ぅおっほん!…で?その王子はどこにいるのだねMr.thousand!」
「変な呼び方すんな。城の中に決まってるだろ、いくぞ彼氏いない暦20年」
「何で知ってんだああ!!!」
酷いよこいつ…土足で、しかも革靴でぐりぐりと人の心えぐりやがって。
可哀想なあたしを置いて、千はすたすたと歩いていく。あたしも黙ってついていく。なぜかって? 今は…心が痛いから。ど畜生…。
「だっ、誰だお前達はッ!」
王子様の部屋に無断で入ったあたし達。すっごく驚いてるわ〜王子様。ああ、なんかでもかっこいいかも、さすが王子。これはもうあたしとしては狙っておくべきだと思って部屋の壁についている鏡に顔を寄せて身だしなみを整え、王子様に向き直った。よし、一番可愛らしい顔を作って、と。
「あたしが誰だって? そーですあたしが」
しかし、あたしが言いかけたときにまたもやこの嫌味どS変態悪魔が遮った。
「彼強いない暦20年の哀しい負け犬です」
ちっきしょおおおおおお!!! 『王子の婚約者です』とか言おうと思ったのにこれだよ! 言葉の手榴弾だよ!
思わずぎりぎりと千の首を絞めたら、千はにやにやと笑い始めたのであたしはぞっとして手を離した。…やばい、こいつMっ気もあったんだっけ。
「後ろ見てみろ」
千に言われて後ろを振り返ると、そこには警戒色いっぱいで剣を握る王子様の姿が…。ああ、あたしの夢の玉の輿プランが…!
「いや…あのね? 王子様…」
「何者だっ! 答えろ!」
取りつくシマもなく王子様はあたし達に向けて剣を構える。うう、敵対視されちゃったよう…。
………もういい。もういいよ…。わかった!ああわかったさ!こんちくしょーっ!
切れたあたしは気合一発千の髪の毛を数十本引きちぎると、剣を構える王子様に向かってずんずんと歩みを進め、剣が届くか届かないところで止まった。すうーと大きく息を吸って…。
「なぁーんで姫を助けに来なかったんだこの臆病卑怯阿呆王子いいいいいぃぃぃ!!!!!」
叫んだ。腹いせとばかりに叫んだ。王子はぼとりと剣を落とし、千も呆気にとられてる。
ふん、いいもん、男なんて。もうていこさん独壇場でいってやるッ!