ODD STORY

8.これでもハッピーエンド

 それは昔々の物語。
 あるところに悪戯好きで、なんでもやりたい放題の困った悪魔がいた。ある日悪魔はいつものごとく悪戯や悪事を働こうとあるお城の中へと忍び込んだ。城中の者に様々な悪戯を仕掛け、とうとうお姫様の部屋にまで悪魔はやってきた。
 でも悪魔はお姫様にまで悪戯なんてしなかった。だって一目見たその瞬間に、お姫様に恋をしてしまったのだから。それから悪魔は悪戯も悪事もぴたりとやめて、毎日のようにお姫様に会いに行った。
 お姫様はそれはそれは心の優しいお方で、悪魔にも他の者と同じように分け隔てなく優しく接して、二人は仲のいい友達となった。
 悪魔は今までになく幸せだった。悪戯をしていても、悪事を働いていても空っぽだった心のどこかが、お姫様によってすっかり埋められたのだから。
 このままずっとこうしていたいと、このままずっとお姫様と仲良くしていたいと悪魔は願った。
 でもある日を境に、お姫様は悲しそうな顔を見せるようになった。お姫様が悲しいと悪魔も悲しい。悪魔は必死になって悲しいわけをお姫様に尋ねた。

「王子様に会いたいの」

 お姫様は夢見るように瞳を閉じて、只そう一言つぶやいた。悪魔はすぐにいいことを思いついた。お姫様を攫って、自分の城に閉じ込めたんだ。そして悪魔の思いつき通り、王子様はお姫様を助けに現れた。悪魔は王子様との戦いにわざと敗れて、王子様はお姫様と運命的な出会いを果たす。そして王子様はお姫様にこう言った。

「怖くなかったかい? お姫様。私が来たからにはもう大丈夫」

「ええ、王子様が来てくれると信じていました」

 それから王子様とお姫様は結婚をして、いつまでもいつまでも幸せに暮らした。
 一人残った悪魔はただただ幸せそうに微笑んで、小さな小さな弱った声で、誰にも聞かれる事なく呟いた。

「さよならお姫様。…お幸せに」

 そうして悪魔は小さな砂の山に変わって、土へと還ってしまった。






「…どうして?」

 あたしが話し終えたとき、お姫様が俯きながら呟いた。
 その目はもう泣いてはいなかったけど、今迄で一番哀しくて、一番悲痛な色を湛えていた。そしてぱっとあたしにしがみついて、声を震わせて叫んだ。

「どうしてそんなことをしたの? どうして王子様に負けてしまうの? …どうして自分だけ死んでしまうの?…ワタクシッ…ワタクシは嫌です。悪魔に死んで欲しくありません……っ」

 悪魔に死んで欲しくない、か。やっぱりそれが本心だよね。お姫様がずっと思っていた気持ちだよね。だからずっと、苦しんでいたんだよね。
 本当に可哀想な、優しい優しいお姫様。あたしは思わずお姫様の頭をなでていた。なんだかとっても、今まで抱え続けていたお姫様の苦しみが伝わってきたから。それがあまりに切なくて寂しかったから。

「悪魔はね、幸せだったんだよ。例えお姫様が自分を見ていなくても、例え自分が朽ち果てようとも、お姫様が好きだったから。お姫様が好きな気持ちのまま、死ねたから」

 テレネスさんは、倒れる瞬間までお姫様の傍に居たいと言った。悪魔もテレネスさんも、ただ純粋にお姫様を愛していたんだ。だからどんな結末が待っていようとも、かまわなかった。たとえ自分が死のうとも、それでもお姫様を愛しているから。
 でもお姫様は首を横に振り続けた。またその綺麗な瞳から、大粒の涙を落として。

「嫌っ! 嫌です! ワタクシは悪魔に幸せになって欲しいのです! ………お姫様のことなんか忘れて、幸せになってほしいのです…」

「それでは駄目なのです。姫」

 不意に声がしたと思ったら、息を荒くして壁に寄りかかるテレネスさんの姿があった。きっとずっと走って探し続けたんだろう、凄く苦しそうだ。そしてお姫様につかつかと近づきぎゅっと、お姫様を抱きしめた。

「テレネスッ…………はっ、離してくださいっ!」

「嫌です。絶対に離しません」

 お姫様はしばらくもがいていたけれど、それでもテレネスさんは離そうとしないので急に力を抜いた。そして肩を震わせてどもりながらもその胸の中で、精一杯に声を絞り出した。

「お願い…離して。ワタクシ………貴方を失いたくないの。貴方を失くして王子様と暮らすなんてそんな事…絶対にしたくないの。………本当は貴方が一番好きだから、死んでほしくないの…っ」

「姫、貴方は何もわかっていらっしゃらない」

 テレネスさんは両手でお姫様の顔を挟むと、上を向かせた。お姫様はもう涙でボロボロだ。
 そしてテレネスさんはこつんと、そのおでこに自分のおでこを重ねた。その表情は妙に切なそうで、でも苦々しく微笑んでいた。

「貴方がいないと私は生きていけない。貴方の傍に居ることができなくなったら、私は息もできずに、貴女を失った苦しみで死んでしまうでしょう」

 そう言うとテレネスさんはお姫様を見つめて、キスをした。深い深い、テレネスさんの愛情の深さを物語る、愛しみに溢れたキスだった。
 しばらくして唇が開放されて、お姫様は途端にまた泣き始める。

「テレ、ネスッ…。……ご、ごめんなさいっ。ごめんなさいっ! 好きです…。ずっと貴方が好きでした。本当はずっと前から、貴方を愛していました。…傍に居てください。いなく、ならないでっ!」

「私はずっと、姫のお傍に居ます。永遠に貴方を愛し続けると誓います。もう誰にも貴方を渡さない。貴方は私だけのものだ」

 テレネスさんは心底嬉しそうに微笑んでまたすすり泣くお姫様を抱きしめた。




 …やれやれ。やっとハッピーエンドか。
 なんだかこんないちゃいちゃを見せ付けられるのは普段のあたしだったらなた包丁持って引き裂いてるところなんだけど。今回は見逃してやるか、あたしも嬉しいからね。
 抱きしめあう二人を眺めていると、いつの間にか千が横に立っていた。横目でちらりとあたしを見て、頭をぽりぽりとかきつつぼそりと呟いた。

「お前…なんだあの話は」

 ん? あぁ、悪魔の話か。なんだこいつ、自分も悪魔だからっていっちょ前に照れてやがんぜ。可愛いとこあんじゃん。
 あたしがにやにやと千を見返すと見てんじゃねーよ見たいな目で睨んできた。………やっぱ可愛くない。

「…あの悪魔の話ね、あたしが小さい頃母さんに聞かせて貰った話だったんだ。あれ誰が考えたかわからないけど、あたしあの話が嫌いだったんだよ」

「どこが嫌いなんだ?」

「だってさ、お姫様は傍に居てくれた悪魔より夢見た見知らぬ王子様を選んだんだよ。相当な馬鹿女じゃん」

 千は呆れたような目であたしを見下ろした。そんな目で見たってあたしの意思は変わらないぞ。

「お前違うだろ。あれは悪魔の情を皮肉った話なんだろ?」

「さあね。そうかもしれないけど、それでも気に入らない。悪魔が幸せになれないで夢見る馬鹿女だけ幸せになるなんて、そんな折衝な話があるかってんだ」

 本当にその話を聞いたときは、子供心にはらわた煮えくり返るほど腹が立った。
 何が私が来たからには大丈夫、だよ。何が信じてた、だよ。お前ら話の常道に沿って幸せぶってるけどな、そんな嘘くせー幸せなんぞ見てるこっちは反吐が出るんだよ。
 もしその話のお姫様と王子様に会っていたらあたしは間違いなく卍固めを喰らわしてたね。
 思わずその光景を想像してにやりと笑うと、千はひくりと顔を引きつらせてあたしを凝視した。ふん、お前にもかけてやろうか卍固め。

「………いや、まぁそれはわかったが、なんでそんな嫌ってる話を姫に話した?」

「お姫様は馬鹿女じゃないと思ったから。きっとこの話を覆してくれるだろうって思って、話したの」

 あたしは、あの話を覆してくれる話が見てみたかったんだ。だから今凄く嬉しい。あの二人が覆してくれた。あたしは自分自身でその手伝いができたんだ。少しだけ千にも感謝してる。ホント少しだけだけどね。




 そしてその後はお姫様とテレネスさんは仲良く二人であの悪の居城に住むことになった。少し…いやかなり陰気な城だったけど、そこはテレネスさんの魔法でもんのすごい少女趣味な真っ白なシンデレラ城になってお姫様を喜ばせていた。千はなんだかがっかりしていたようだったけど。
 お姫様の話はハッピーエンドを迎え、めでたしめでたしになったのは良かったんだけど…。一つだけ気になることがあった。
 王子様は結局来なかったのだ。
 それはあの二人にとって都合がいいから喜んでいたけど、やっぱり絵本には無関係じゃなかったようだ。
 ハッピーエンドと同時に、新たなお話の中にあたしと千は、既に足を踏み入れていたんだ。

  

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