ODD STORY

7.彷徨える心

 ねぇ、あたしはいつも思うことがあるんだ。どうやったら、自分が後悔しない道を、100%の確率で選ぶ事ができるんだろう、って。でもそんなこと言うとみんな、100%なんてあるわけない、確率の高い道を選ぶしかないんだって言う。
 でもそれじゃああたしは満足できない。後悔をしない道なのに、そんな中途半端な選び方だとなんだかしこりが残った気分になる。
 じゃあどうすればいいのか。勇気を出して、素直に心が惹かれる道を選ぶ事。それがあたしの結論。





 テレネスさんはまるで心が抜け落ちたように、お姫様に拒絶されたその場所で立ち尽くしていた。その目は何を見ているのかあたしにはわからないけれど、彼が望むもの、そしてお姫様が望んでいるものには、あたしは確かな確信を持っていた。
 でもまずそれには、彼に動いてもらわないと困る。あたしと千は、テレネスさんが動き出すまでじっとその後姿を見つめていた。
 お姫様が出て行ってからしばらくたってようやく、時が止まっていたように静止していたテレネスさんは動き始めた。お姫様に払われたその右手をぎゅっと握り締め、ゆっくりと振り返りあたし達のほうに向く。その顔はまるで自分の想いを儚んでいるかのように自嘲的な笑みを浮かべていた。

「お騒がせ、いたしました。姫はあなた方を選ばれたようなので…私はここで失礼させて」

「おい、死ぬ覚悟あったんじゃねーのか?」

 千がテレネスさんの言葉を遮って憮然とした表情で言い放った。それに対してテレネスさんは一瞬悔しさを孕んだ目をあたし達に向けたけど、すぐにそれを隠すようににっこりと微笑んだ。なんか、無理のある笑い方だ。

「それはもちろんありますが、姫に断られてしまいましたので」

 こいつなんもわかってねーな。あたしはなんだかいらいらしてしまって、わざと意地悪な笑みを浮かべてテレネスさんを見据えた。

「ふーん、そう。で、どーすんの? お姫様行っちゃったけどあのぶんだと迷子になってる事うけあいだね。ねぇ千」

「あぁ。悪いが俺はマニアックなほどに凝る性質でな、城の中はラスボスダンジョン並みに相当複雑だぞ。暗号だの条件だのつけまくったからな」

 あ、やっぱオタクだったんだ。変態の称号だけじゃ飽き足らずそっちにも触手伸ばしてきたか。
 テレネスさんは動揺したように目を泳がせたけど、また自制心を保とうとするかのようにぎゅっと拳を握り締めた。ぎり、と小さく痛ましい音がした。

「わた、しは…拒絶されたのですから…。てーこ殿達がお迎えに行ってくだされば…」

 強情だなー…。まぁもう少しだろうけど。千はあたしににやにやとした嫌なアイコンタクトで劇の続行を促した。あたしは大げさな態度で迷惑そうな顔を作ってテレネスさんから顔を背ける。

「えーやだー。だってこいつの事だから絶対城ん中モンスターとか罠とかあるよ」

「あたりまえだろ、障害なしにラスボスなんてそんな邪道な」

「いや知らんけど。あたしは行かないよ、若い美空で死にたくないからね」

「俺も行かないからな。あの姫を探しに行って俺まで迷子になったら敵わん」

 もちろんそんな罠だのモンスターだのはいない…と思う、多分。千の顔がマジ顔に見えるのは…気のせいだと思いたい。
 テレネスさんは…頭の中はお姫様の事でいっぱいだろうな。きっと登場したそのときからずっと。
 倒されるその瞬間まで、最後までお姫様の傍にいたい。
 あまりに陳腐で、あまりにばかげているけど、そんなばかげた結末を見てみたいよ、あたしは。だからここらでいっちょ、人肌脱いでやらあ。そのしつこい自制心、懇親の力で砕いてやらぁ!
 あたしは最後の一押しを、目を揺るがせるテレネスさんに言い放った。

「お姫様、誰も探しに来てくれなきゃ、独りだね。独りぼっちで彷徨って、独りぼっちで…消えちゃうね。誰にも気づかれずに。物語は、バッドエンドを迎えましたとさ」

 その途端。あたしの言葉を聞くや否やテレネスさんははじけたように走り出し、荒々しく扉を開けて出て行ってしまった。物語が動き出して、窓の外の空に浮かぶ霞んだ雲がゆっくりと流れていくのを、目の端に捉えた。
 あたしは大きく伸びをして一息つくと、窓を眺める千に向き直った。

「さて、千。あたしを飛ばして?」





 その頃お姫様はというと、つかつかと早歩きで石積みのくらぁ〜くながーい廊下を闇雲に歩いていた。

「なんなの!? あの男は! 馬鹿に決まってます、倒されるまでだなんて…どうして。っどうして…っ! ………テレネス」

「はぁ〜い」

「えっ? テッ………て、てーこ様?」

「うん。ご機嫌麗しゅう、お姫様」

 お姫様はびっくりした様子で、けれど少しがっかりした気持ちを覗かせた目であたしを見つめた。態度は素直なのにねぇ…いかんせんお姫様は頭でっかちなんだなぁ。
 あたしはがしがしと頭を掻くとお姫様と一緒に暗い廊下を歩き始めた。お姫様もさっきとは打って変わってゆっくりとした歩調で歩く。

「王子様は、見つかった?」

「いいえ。まだいらしてないようですわ」

「…そっか。よかったね」

「え?」

 お姫様は眉をひそめてあたしを凝視した。お姫様の足がぴたっと動く事をやめたので、あたしもその場に止まって硬い壁に寄りかかってお姫様を見返した。

「王子様、来なくて良かったねって言ってるんだよ」

「…なぜですの? 来てくれなければ困りますわ、ワタクシずっとお待ち申し上げておりますのに」

「嘘吐き」

 あたしが容赦なく言い放った言葉にお姫様の目は見る見る怯えたような色に変わっていった。両手を握り締めて、あたしの目線から逃げるようにして目を伏せた。

「う、嘘なんかついていません」

「そうだね、本当に待ってたもんね、テレネスさんを」

「っ待っていません!! あんな男、ワタクシは…待ってなどいません」

「ふーん。じゃあやっぱりお姫様は嘘吐きだ」

 お姫様は泣きそうな目であたしを見てきた。でもそんな顔したって無駄だよ。あたしは悪役で、悪役の味方なんだから。…ちょっと可哀相だけどね、お姫様のためでもあるし。
 お姫様はぷいっとあたしから顔をそらすとまた黙々と歩き始めた。それをあたしが逃すはずも無く、てくてくと後ろをついていく。

「ねーどこいくつもりなの?お姫様」

「…知りませんわ。王子様に会えるまで歩きます」

「それは無駄な事だねぇ」

「無駄じゃありません」

「無駄だよ、王子なんて見つかりっこない」

「………てーこ様!どうして、どうしてそんな事をおっしゃるのですかっ? ワタクシを攫って下さったのは貴女方ではありませんか!」

 お姫様は目を潤ませて初めてあたしを恨むように睨み付けた。泣きそうな顔しちゃって、自分だってわかってるくせに。

「悪役だよ? あたしは。だから遠慮なく言わせてもらうけどね、なんでそんなに逃げ続けるの?」

「…逃げる? ワタクシが? 何から?」

「テレネスさんから。王子様から」

「いっ、言ってる意味がわかりませんっ。テレネスから逃げて王子様から逃げて、そんな事に何の意味がありましょう」

 …可哀想なお姫様。頑なで、強情で、ずるくて弱くて臆病で。そこまで自分を偽る事こそ、何の意味がある? そこまで自分を拒み続ける事こそ、なんの意味があるんだろう。
 あたしはそんな可哀想な、でも愛しさも感じるお姫様を見つめた。

「ねぇお姫様、本当は迷子なんかじゃないんでしょ? 王子様とめでたしめでたしになるのが怖くて、テレネスさんを失うのが怖くて、ずっと逃げていたんでしょ?」

 お姫様はばっと顔を上げて涙を目にいっぱい浮かべてあたしを見返した。ああ本当に、なんて可愛らしいんだろう、このお姫様は。

「逃げてません! ワタクシは王子様と幸せに暮らすんですっ! テレネスなんて、テレネスなんて、いなくたってかまわないんですっ!!!」

 とうとうぼろぼろと涙を流してお姫様は叫んだ。その声は震えていて、口調とは裏腹に搾り出すようにあたしの耳にかろうじて届いた。あたしは服の袖で溢れんばかりのお姫様の涙をぐいっと、拭ってやった。

「ねえ…お姫様、ある悪役の話を、教えてあげる」

 涙目で見上げるお姫様の瞳は、綺麗な空色に輝いていた。

  

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