4.最強姫
「おいっ強奪ってなんだよ早速目をつけたのか? お前の変態レーダーがキャッチしたのかっ!?」
「うるっせーなー。ミット持ってねーからできねーよ」
いやそれキャッチボール。ベタだな〜っ。てかあんたみたいなドス黒いやつと球を交わす奴はいないから、命のキャッチボールになるから。
千はいらいらした表情で振り返るとあたしのほっぺを両手でうにーっと伸ばした。いや痛いからやめてください。手加減のかけらも感じられないほど痛いです。
「ひょっろはらへっ! いひゃいいひゃいうひひひ〜」
「何で最後笑ってんだよ。いい加減察しろよ。お前ねぇ、脳みそ腐ってんのか? 溶けてんのか?プリン状なのか?」
なんか急にまたどSに変わったな。言いすぎだろそれ、腐って溶けたプリン状っていわゆる生ゴミじゃん。あたしの脳みそ生ゴミってか!?今すぐ殺してえこいつ。しかし相手は悪魔だからな、返り討ちにあうだろうな、きっと。
「なにはっ!? はーらーせっ! あーいってぇ!! 皮が伸びたらどうしてくれる! 皺ができんだろーが!」
「皺増えると賢くなるって言うぞ。もっと伸ばしてやろうか」
「それ脳みそだから! 顔に増えてもばばあに近づくだけだから!」
やべえやべえ、危うく願い事が皺増やしになるとこだった。とりあえずこいつとの会話は以後気をつけよう。下手なこといってとんでもない願い事に決められちゃ敵わん。
「ていこ落ち着け、よし。そんで? なんで強奪するの?」
千はバカにするような目でじとーっとあたしを眺めた。察し悪くてすいませんねっ!人間だから悪魔の考える事はわからんのですわ、ていこさんは。
「あの姫はな、本来ドラゴンだかなんだかの悪役に攫われるはずなんだ。
だがなぜかいつまでたっても攫われんのだ。それだと話が進まないだろ? だったらどうすればいい」
あ、そっか。話を進めるってそういうことなのね。えーじゃああたしたち悪役じゃん。あたしが思わず顔をしかめると千はふん、と鼻であしらうように笑った。いちいち癇に障る奴だな、こいつ。
「俺達の仕事は物語を進めることなんだから悪役正義の味方なんでも問わずにやる事になるぞ。覚えておくんだな」
ふーん、まああんたは悪魔だから悪役はいいとして、でも正義の味方はないよねえ。見た目よろしくドス黒い趣味の持ち主のくせに。
「なんだその目は。俺が正義の味方しちゃ悪いってのか? 言っとくけどお前も十分悪役面してるぞ。『まずい!もう一杯!』ってな。」
「八名信夫かあぁ!!! 悪役商会かっ! そんな極道なんかあたしはっ!」
めっさ腹たつわぁ〜っ!ちきしょこうなったらマジで悪役貫いてやる。実は正義の味方より悪役の方が好きだったりするのだ、あたしは。
「わかったよっ! さっさとあのお姫様攫って悪い事しちゃうぞっ!」
言ったとたんに、脳天一発げんこつを食らった。あう。目に火花散ったぞ。
「いったぁ〜っ! なにすんだよっ!」
あたしが容赦なくグーで殴られた頭をさすって睨むと、千は顔を引きつらせていた。
「…お前、本当に女か? 俺より変態だろ」
「俺よりって自覚あったんだ…こわ。今のは冗談だよばーっか!」
あ、さらに顔がひくついた。ふふん、いい気味。
「お前に馬鹿といわれるとは世も末だな」
「うん、すでに世紀末は過ぎてるねえ。もっと馬鹿だねぇあんた」
あ、ぷっつんきちゃったかも。なんか周りに真っ黒いオーラが集まってる。いや、ススワタリが集まってる。ジブリネタ多いな〜。
と、思ってたら千ががしっと片手であたしの頭を鷲掴んだ。いてててて。
「い・い・か? とにかく四の五の言わず行くぞ? あ? ゴラ聞いてんのか」
「ハイ。行きますっ行かせてくださいっ」
…こいつやっぱり悪魔だ。怖い。ていこさんは初めてびびりました、こいつの魔王をもしのぐほど殺気立った表情に。
悪魔はそのままぱちんと片手で指を鳴らした。途端にまたあの視界が螺旋状になってゆく。おい、こら待て。頭掴んだままか。
今度はあたしの意識は健在だった。螺旋が戻ったと思ったら目の前があのお姫様の居たお城の中に切り替わっていた。ん、なんでお姫様のいるお城だなんてわかるのかって? そりゃあ目を白黒させたお姫様が、目の前にいるからさ。
「あ…あ…あ」
やばい、ここで叫ばれたら面倒だ。猿轡でもするか?それとも当身?うーんあたしって悪役だ。やっぱ性に合ってるかも。
とかなんとかあたしが悪役気分に浸っている間にお姫様はぎゅっと目を瞑った。あっやばい叫んじゃう。
「人ですわっ!!! 2日ぶりの人ですわっ!!!! 救助に来てくださったの? 今回は早かったですねっ感謝します!」
ええ? 2日ぶりの人? 救助? 今回は早かっただぁ? なんだこのお嬢さんは。ぼけてんのか? 中身実はばばあなのか?
一体どうなってるのかと千を見上げるとこいつもやっぱり驚いていた。お前もわからんのかい。
あたし達の驚きをよそにおしゃべりなお姫様のマシンガントークはヒートアップする。
「本当によかったですわ〜。もう食料も尽きてしまって困ってたんですのっ! 誰も見つからないんですもの。隠れているのかしら? 意地悪ね。私がこんなにお腹をすかしているのに必死で探そうともしないのよあの方達。この間なんか」
「あーちょっと待って。ストップ! お姫様。何? どうゆうこと? 食料尽きただの探さないだのってかくれんぼでもしてたの? それとも遭難ごっこ?」
お姫様なのにえらい命がけの遊びしてるんですね。
あたしが遮るとお姫様は一瞬きょとんとして、それからくすくすと笑い出した。ん? 何が面白いんだ? 頭ラリっちまったか?
そのとき今まで黙っていた千が口を開いた。不機嫌そうな顔で。
「何が面白いんだ? 頭ラリっちまったか?」
あっ言っちゃった。言っちゃったよこの人。人のこと散々馬鹿にしたように笑ってたくせに怒ってるよこの人。自分が笑われるのは我慢ならないのね、ってどんだけ自分至上主義なんだよこいつ。
お姫様は千の不機嫌そうな顔にかまわず笑い続けている。大物だな。
「い、いえっ。違うんですのよ。ワタクシ、迷子ですの」
えぇええぇ!? 笑い事じゃねええぇえ!ってか二日も迷子ってタフだな〜! いや食料とか言ってる時点であらかじめ予感はあったらしいな。確信犯か?
「あのっ、お城の人達は探してくれないの?」
それを聞いてお姫様はふう、とため息をついて悩ましげに頬に手をあてた。まあ、可愛らしい。
「えぇ、一応探してはいるらしいんですけどどうやら探すのがよほど下手らしくて。城中の人間総動員しても見つけてくださらないの。この間なんか一週間も迷子でしたのよ。ひどいわ」
いやひどいのはあんたの方向感覚だよ。すげぇな、まじでこの子遭難のプロフェッショナルだよ。しかも一週間ってすごい耐久戦だな。軍隊入れや、お姫様。
すると横で千が大きくため息をついた。わかるわかる、呆れるほどの方向音痴ぶりだもんね。絶対頭のねじ一本以上抜けてるぜこいつ。
「なるほどな…。だからお前攫われなかったんだな?」
ん? どういうことだ? あ、お姫様の顔がしゅんとなった。どした?
「ええ…。ドラゴンさんや魔法使いさんが迎えに来てくださるんですが、いつも迷子になってしまって捕まる事ができないんです。終いには私を探して魔法使いさんまで迷子になったり、私を待ち続けてドラゴンさんが餓死したりとハプニングも起きてしまいまして。今では私を迎えにきてくれる悪役の方はおられませんわ」
なんかさあ、それ泣けばいいの? 笑えばいいの? ドラゴン餓死させるって最強だよこの子。やっぱ軍隊入れって。悲しそうにしてるけどそれ全部あんたの仕業だから。そりゃ誰も迎えに行きたくないよ、死にたくないもん。やっつけられて死ぬならともかく迷子で死にたくないもん。
でもなーあたし達、会っちゃったのか。千もげんなりした顔してる。
「まぁ、その何だ、安心しろ。俺達が攫いに来たから」
いや普通は安心できないんだけどね、キャーとか叫ぶんだけどね。でもやっぱりこのお姫様に限っては…
「えっ? 本当ですかっ?」
顔きらきらしてるー。きらきらしてるよー。背中に花背負ってるよー。明らかに嬉しそうだねー。そしてそれと共に千の顔は青ざめてるねー。今だけは同じ気持ちだよ、ていこさんは。
「ああ、俺は悪魔だからな。依存はないな」
うん普通はあるんだけどね、確認するもんじゃないんだけどね、でもやっぱりこのお姫様に限っては…。
「ええっ! ええっ! 感激です! この日をどんなに待ち望んでいた事か!ありがとうございます」
ん、涙目で喜ぶ顔は可愛いよ。だけど違うから。喜ぶなって。待つなって。ある意味確認必要なかったよ、この嬢ちゃんには。
喜ぶお姫様とげんなりする悪魔。なんだろね、この光景。