うん。(生返事)〜中岡さんシリーズ番外編〜

Heart Beat.

 ―nakaoka's side―

 急ブレーキ、を、かけてしまった。
 これでも運転は好きなほうで、一人でも多人数でも、車をまわすのは嫌いじゃなかった。同乗者がいればなおの事気をつけるし、その相手が相手ならなおさらの事だ。そんな事があってはなら無いように、そんな心配すら抱かないように、これでも気を使っていた。隣りで微笑んだり、笑ったり、怒ったり、困ったり、相槌を打ったり、眠ったり。それ以外の事をさせるつもりは無かったし、ずっとそうでありたいと気をつけていた。それでも、まあ、自分がどれだけ気をつけていようと、用心をしようと、他がそうでなければ、絶対の安心なんてどこにも無いわけ、だから。
 不意の横入りに、咄嗟の急ブレーキ。肝が冷えたのは、よりにもよって隣に居るのが彼女だったから。考えるよりも早く咄嗟に手を伸ばして、振動に揺れかける彼女の身体を支えた。
 ああ。ふざけるな。
 心臓が止まるどころの話じゃない。握りつぶされたかと思った。
 幸い反応が早かったせいか軽い振動ですんで、それでも確認の為に彼女の方に向いた。
「ごめん、吃驚したろ。大丈夫か」
「……はい」
 びっくりした、というより、呆けている。余程怖かったのだろうか。
 こちらこそ、怖かったんですけどね。君に何かあったら、きっと唯じゃすまない。主に俺の心臓が。
「おい、南夕?」
 ひらひら目の前で手を振ると、それには反応せず、ぼんやりと俺を見つめ返した。
 それから、何故か、蕩ける笑顔。照れて、それでも嬉しくて、隠し切れなくて、結局抑えきれずに破顔した。そんな、どうしようもなく無防備な笑顔。
 おいおい、さっきの今で、それはないだろう。
「……えへへ」
 えへへじゃなくて。もじもじするな。頬を赤らめるな。嬉しそうにするな。
 ふざけるなよ。こっちは無駄に心臓止められかけた。
 なのにそんな、可愛い笑顔。いやに煩かった心臓が、途端に落ち着いてしまったじゃないか。
「……笑うな」
 思わず本音の反対を。妙に感情的な自分が気持ち悪い。あんなことの後で、ついつい素に戻りかけてしまった。
 それでもやっぱり何を言えるでもなく、ただ、少し手荒に頭を撫でた。されるがままに、にこにこと。
 無性に抱き締めたくなって、衝動を抑えるのに苦労した。

―nayuu's side―

 急ブレーキ、を、かけられてしまった。
 目の前に急に、横入りの黒い普通車。あっと思ったのもつかの間、きゅっとゴムのすれる音と共に、がくんと振動。
 一瞬ヒヤッとしたけれど、そんなものはすぐに忘れた。だって、振動よりも早く、目の前にさし伸ばされた腕。間もなくその腕に支えられて、少しも引っ張られる感覚もなく、ぐっと止められて事は済んだ。
 車もぶつからず、そのまま信号は、赤。手がゆっくりと、名残惜しそうに、離れていく。まだ、支えていたいって、言うみたいに。
 止まったと同時に、運転席のあの人に、顔を覗き込まれた。
「ごめん、吃驚したろ。大丈夫か」
 矢継ぎ早に言われた。でもごめんなさい、一言も頭に入っていません。
 だって、なに。その、顔。凄く焦ったって、隠しもしない素の表情。
 このタイミングでどきっとしちゃうのは、悪いこと?
「……はい」
 ロボットみたいに、その単語しか、出てこなかった。あなたはほっとしたように表情を緩めて、でも、まだ心配そうに私を見てる。
 そんなに真っ直ぐに、見ないで。
 どきどきどきどき。心臓が、煩い。
 さっきよりも、沢山、激しく、鼓動を打つ。
 うるさーい。
「おい、南夕?」
 目の前で、ひらひらひらひら、あなたの手のひら。
 ああ、心配してくれてるんだ。さっきだって、咄嗟に庇ってくれた。
 それってきっと、そう想っていなければ、咄嗟にはできないこと、なんだと思う。そう思いたい。思っちゃっ、た。
 嬉しくて、どきどきして、言葉にならなくて、真っ直ぐに見つめるあなたを見つめ返して、心はもっと高鳴ります。
「……えへへ」
 嬉しいです。ありがとう。些細なことなのかもしれないけど、すごくすごく、嬉しいです。嬉しかったです。どきどきしちゃいました。
 ああ、不謹慎かも。それでも、好きです、って、思っちゃいました。
「……笑うな」
 少し不機嫌そうに、くしゃくしゃと頭を撫でられた。それすら、心配したんだ、無事でよかった、ああ触れられる、って、言ってるみたいで。
 可愛い。愛しい。嬉しいです。
 なんだかもっと気が緩んだら泣いてしまいそうなほど嬉しかったので、代わりにこっそり笑いました。
 それから後で、たくさん、抱き締められた。
 痛いほど強い腕が嬉しくて、擦り寄るように顔を埋めた。

―ぎゅうぎゅうハグハグスーパーバカップルタイム(おまけ)―

「そういえばさっき、どうして笑ってたの?」
 散々抱き締められて頬や頭についばむようにキスされて、暫くしてから問いかけられた。
 頭の上で聞こえた声は、不思議そう、というよりも、少し咎めるような響きが声に滲んでいる。なんだかそれがおかしくて、嬉しくて、くすぐったくて、なおも南夕は中岡の肩に頭を預けてはにかんだ。
「だって、嬉しかったから」
「どうして」
「そんなの。あんな顔見せられたら、女の子だったら誰だって、どきどきするものです」
 当然、と言わんばかりに言い切って、なおも擦り寄る。応えるようにもっと強く抱きこんでくれるから、なんだか甘やかされているような気分になる。事実、そうなのかもしれない。甘えることを受け入れてくれている、のかもしれない。この人は。
 胸が締め付けられるような甘い痛みを伴って、暖かい感情が身体中に染み込んでいく。体温と一緒に、心も温まる。じっくり、ほんわり、どきどき。
「中岡、さん」
「……なに」
 髪に、唇。
 愛おしくて、愛しまれて、幸せいっぱい。
 これ以上の瞬間なんてないみたい。
「わたし……中岡さんに、抱き締められるの、好きです。すっごく安心する……」
 だからもっと、抱き締めていて。そんな思いを滲ませて、言ってみた。
 だけど思いは届かなかったのか、それとも、届いていてなお、別の何かが生まれたのか。
 ふいに少し離れて、頤を持ち上げられて、しっとりと、ゆっくり、優しいキス。いつもこの瞬間は、花火がはじけるみたいに、爆発しそうな心地。でも幸せ。
 啄ばまれて、震えながらも応えて、合わせるように重ねられて、受け入れるように角度を変えて、何度も何度も、その繰り返し。しっとりと、柔らかな口付けの後に、頬に、瞼に、髪になおも口付け。
 またもさっきのように抱き込まれた後、悩ましい溜息と共に囁かれた。
「それは殺し文句です……南夕さん」
 どれが、だろう。
 腕の中でこっそりと首を傾げたつもりの南夕にも気付いていた中岡は、抱き締めたまま、満ち足りた苦笑を漏らした。

fin. 2010/05/07up.

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