うん。(生返事)〜中岡さんシリーズ番外編〜

彼女と日常について

 彼女と付き合う事が周囲に知れたときの反応は、結構な見ものだったと覚えている。基本マイペース、いや一から十までマイペースと謳われていた自分と、尽くすことこそ至上の歓びだと体現するような彼女。冷静と温情。何から何まで正反対な二人が付き合うことに誰もが驚いていた。
 けれどそれは別段驚くべきことではない。そう、中岡は端から知っていた。正反対の二人ならばなおのこと、だ。まるでシンメトリーのように、かっちりと合うだろう。自分達は、なるべくしてそうなった結果に過ぎない。そこには何の疑問も感じない。時折漏れるように滲み出る危うささえ、極上の味に取って代わる。中岡はそれを端から、知っていた。


 外へと出かけるに限る天気というものは、晴れていればいいというものでもない。雲ひとつない炎天下ならばぎらつく鬱陶しさに出かける気も削がれるし、晴れていても湿度が高ければ煩わしいことこの上ない。無論土砂降り暴風など論外に決まっている。程よく雲の浮かぶ風通しのいい五月晴れ。これほど胸がすく天気日和と呼べる日もない。そんな事を車の中でポツリと語ると、助手席の彼女は可笑しそうに綻んだ。
「なんだ?」
「だって、中岡さんって変なところ敏感っていうか」
 そういう君は変なところ鈍感で、こっちはたまに苛々させられるけどね。とは、言わずに飲み込んでおく。泣かせる場所というのもまた、天気のように厳選すべきだ。
「でも、確かに天気がいいだけ気分もよくなりますね」
 そう満足げに呟いて、彼女はフロントガラスから覗く青空を眺めた。とても清清しそうな表情だ。空を映した瞳の中も、心地いいくらい晴れ上がっているのだろうか。
 覗き込みたくなる好奇心に駆られたけれど、信号が青に変わり自制心でそれを抑えた。ハンドル操作を誤ったらどこへ行くか知れたものじゃない。きっと青空がどこまでも続くところを目指して、ずっと走り続ける羽目になるだろう。


 まずはインテリア専門の店に向った。最近GWの折、海外旅行に行ったという友人からクッションカバーを貰った為、それに見合う大きさのクッションを探さねばならない。ハンドメイドで高かっただかなんだか知らないけれど、中途半端な大きさなので日本の標準サイズに合わなかった。よく解らないと言ったら彼女がありそうなところを教えてくれるというので、買い物に誘ったわけだ。
 けれど、まあ、ついたらついたでこの輝かんばかりの表情。買い物好きの彼女の事だから、眺めているだけでも心躍るのかもしれない。つれてきてよかったと思う反面、一抹の不安を感じた。自分の買い物をちゃんとできるだろうか。
「中岡さん、どうしたの? 行きましょ?」
「……うん」
 嬉しそうだ。まあ相当喜んでいるしなんでもいいか、と思いながら、先を歩く彼女の後についていった。

 ああ、そういえば。なんて、ふらふらと一通りの棚を眺めてから、ふと思い当たった。彼女と買い物に出かけると、いつも『こう』だった。何がって、店に入った途端にどちらともなく方々好きなところへ足を向ける。気になるものに目が行って、相手に付き添おうなどという気遣いすら念頭から消え去る。落ち合う時間も場所も決めないままふらふらと思い思いに歩き、気の済むまで物色する。少なくとも中岡はそうだし、それを直そうとも思わないし咎められた事もない。
 だからと言って、だったら彼女もそうなのだろう、と思う所以は別にそれだけじゃない。こうして中岡がふと我に返るのは、大抵、自身の好奇心が満たされたり、目的が果たされたときだ。そうしてまるでそのタイミングを図ったように、或いはずっと見ていたかのようなタイミングで、彼女がひょっこり現れる。
 そう――。
「あ、中岡さん、いたいた」
 ――こんな風に。
 ちょうど棚の突き当りから顔を出し、別段方々探しまわった風でもなく、ただ物色がてらに見つけた、とでも言いたそうな表情丸出しの彼女。その手に持つカゴの中には、既に何点かの品が積まれている。
 自分達には、思い思いという言葉がぴったりだ。そう、こんな時に、よく思う。買い物に付き合わせる女は面倒くさい。買い物に付き合いたがる女も面倒くさい。わざわざ誘って連れて行くのも面倒くさい。連れ添ってああだこうだと相手に合わせて合わせられて無駄に時間を浪費しながらだらだら買い物するのも面倒くさい。
 ――つまり、まあ、端的に言えば、彼女のこういう何気ない行動と思考パターンこそ、好みの一つである。と、言えなくもない。
「クッションのカバーの棚がね、向こうにあったの。あっちですよ」
「――ああ」
 そう言いながら、彼女は独りでに歩き出す。きっと、その場所に案内したらまたふらふらと彼女はどこかへ行くだろう。そうして中岡が選び終えた頃に、顔を出す。無意識なのか、なんなのか。妙に可愛らしいと思えるのは、彼氏という立場からの贔屓目なのかもしれない。
 そんな自分を可笑しく思いながら、あまり表情には出さず、中岡は南夕の後ろについて歩いた。


「あの人、中岡さんにぽーっとしてた」
 夕食にイタ飯屋に寄って、その帰り道に彼女がそう告げた。聞くところによると、その店員の女の子が、熱烈な視線を送ってきた、らしい。その時中岡の頭の中といえば、この料理の調味料はこれとあれとあとは何を使っているだの、これならあっちの店のほうが美味いだの、そんな事ばかり。気付くはずもなく、無論あまり興味も湧かない。言われたところで、ああそう、の一言に尽きる。
 けれど、そんな中岡でもその発言で思うところがあった。なんだか哀しそうだったり、拗ねていたり、怒っていたり、そういうものが普通の反応なのだろうと思う。多分。それに比べて彼女ときたら、その反応が普通では無いとは言い切れないけれど、普通とも言い切れないはずだ。そんな風に嬉しそうに教えられたら、男としては、どんな顔をしたらいいのだろう。
 彼女はそんな事さえ考えず、ただただ誇らしげににこにこと微笑みながら、両手を合わせてはにかんだ。
「きっと中岡さんがかっこいいからですよ」
「……どうかね」
「絶対、そう! 私が店員さんだったら、きっとおんなじ気持ちになっちゃいますから!」
 おいおい、君は彼女なんだから、彼女視点で考えてみようよ。そんな普通のつっこみを入れるかどうか迷い、やっぱり止めておいた。彼女はこのままでいい。こっちの方が面白いからだ。変に直そうとなんて、しなくていい。
 それに、誇らしげに微笑まれる事がなんだかくすぐったいような、可愛らしいような、そんな感じだ。思わず口づけると、びくりと肩を震わせた。
 ――ああ。『なんでこのタイミングで』なんて言いたそうな顔だ。
 これはね。男だったら、当たり前の行動だと思うよ。思わず笑うと、彼女は頬を染めて目をそらした。そういう顔をするから、男は追い詰められるんだよ。解ってる? 解らなくて、いいんだけどね。
「南夕さん」
「……なん、ですか」
 薄暗くたって、頬が紅く染まっていることくらいは解る。それに、その眼差しが仄かに期待を帯びていることも。
「ヤキモチは、もう焼かないの?」
「……ううん」
 ふるふると、俯きながら首を振った。確かめたくて頤を持ち上げると、いっぱいいっぱいの眼差しで見上げてきた。この瞬間がいつも、たまらない。
「焼きすぎて、お腹いっぱい、なんです」
 咎めているような、甘えているような、そんな響きが耳に疼く。
「そう。……じゃあ、俺にもそれを、分けて下さい」
 酔いしれるように目を閉じた彼女に、口付けを落とす。ふわりと柔らかで、仄かに香しいような、甘いような心地がする。彼女はどう感じているのだろう。そんな事をつと考えながら、更なる深みに没頭する。
 ただ、ただ、食むように。差し出されたデザートを、溶けるまで味わった。

 ――そしてまた、今日の日が終わり、明日がやってくる。けれど明日は今日の続きでは無い。それでも、彼女は隣りにいる。それはとても普通の事で、貴重な事なのだと、中岡は知っている。

fin.2010/4/11微修正。

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