こっち向いて? 〜中岡さんシリーズ〜

美味しい彼女

「ふぅ。完成した。ちゃんと美味しくできてるかなあ……。中岡さんよっぽどおいしくないと感想言ってくれないから」
 南夕はお玉を片手に額をぬぐい、台所で一人呟いた。目の前ではぐつぐつと煮込まれたビーフシチューがいい香りを匂わせている。南夕の味覚ではまぁまぁの出来なのだが、中岡は味にうるさいため本当に美味くできたときしか感想を言わない。それ以外のときは生返事で黙々と食べる。
 それでも美味しかったら言ってくれるという事なので、南夕は今日も張り切って中岡に感想を言わせようと手の込んだビーフシチューを作っていた。お玉を綺麗に洗いながら南夕は中岡がどんな風に言ってくれるかわくわくしながら想像……もとい妄想していた。
「美味しいよ、南夕。とか? ううん、そんな素直に言わないわね」
 つるりと綺麗に光ったステンレスのお玉をタオルで拭いて、ぶつぶつと呟く南夕。もう夕食の準備は万端なので、あとは仕事から帰ってくる中岡を待つだけとなった。すたすたとリビングに向かいソファに寝転んだ。お玉を持ったままだが中岡の事で頭がいっぱいなので気にならない。
 そのまま脳内で都合のいい中岡と南夕の理想的な会話を楽しんで、いつしか意識は薄れていってしまった。


 それから暫く経って、中岡が帰宅した。
「ただいま。………南夕?」
 中岡が帰ってくると南夕はいつも玄関まで子犬のように走ってくるのに、今日は反応すらない。中岡は不審に思ってリビングへと直行した。しかしどこにも南夕の気配はない。TVがつけっぱなしなので消そうと回り込んでいくとソファに寝転ぶ南夕の姿が見えて、中岡は唖然とした。
 南夕は、エプロンをつけたままお玉を両手で抱えて、縮こまるようにして眠っていた。 それを中岡はしばらく凝視していたが、大きくため息をついて南夕の傍に近づいて肩を揺さぶる。
「南夕、南夕起きて」
「ぅう〜ん……んん」
 肩を揺さぶられ、南夕は少し身じろぎはしたが、返事らしい返事は返ってこなかった。これは当分目を覚ましそうにない。中岡が2度目のため息をついて立ち上がると、南夕は目を閉じながらふふっと笑ってなにやら寝言を呟いた。
「中岡さん……美味しい?」
 そんな極上の微笑みにを浮かべながらの呟きを耳にして、中岡は目を丸くしてぼとりと鞄をその場に落とす。そして暫しの間のあと、ネクタイを緩めると額に手を当ててやや疲れたようにぼそりと呟いた。
「……俺的には、南夕が起きてくれれば最高においしいシチュエーションなんですけど……」
 その日中岡は、眠る南夕を見つめて一人寂しくシチューを食べる事となってしまった。

fin. 2010/4/10微修正。

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