こっち向いて? 〜中岡さんシリーズ〜

言の葉ラプソディー〜前・Side.南夕〜

 灰色の空から、絶え間なく雪が降る。それをじっと見つめていた南夕は綺麗と感嘆するよりも妙に物悲しくなって、そこから目をそらした。
 外は寒くとも、中は暖かい。完璧な暖房が部屋中を包み込み、その中心でソファに腰掛け静かな時間を楽しむように雑誌に目を通す中岡。その目は熱心にそこだけに注がれていて。ひんやりとした冷たさが心地いい窓に別れを告げて、向かい側に座った南夕は、じっと押し黙る男を眺めながらその名を紡いだ。
「中岡さん」
「んん?」
 いつもの生返事。だけどこれを聞いて、いつものでいられるかどうかと、賭けをするような気持ちで南夕は呟く。
「私のこと好き?」
 突拍子もない質問に中岡はぐっと息を詰まらせて、訝しげに南夕に目を向けた。見ると南夕は真面目も大真面目といった熱い眼差しを中岡に向けていて、気圧されるように中岡は首をすくめた。呆れたように、小さく息をつく。
「……君はどうしてそういう色々と対処しづらい質問を素でするかね」
「そんなこといったってどうせ教えてくれないでしょ」
 真面目に返そうとしない中岡に南夕はすぐにむくれて、背もたれに沈み込む。中岡はその突拍子のなさに興味を示したのか雑誌をたたんで手放すと、相手の様子を楽しむかのように目を細めて腕を組んだ。
「どうしてそう思う?」
「いつもいつもはぐらかすから」
「ふぅん……」
 南夕の言葉の一つ一つを楽しむように、中岡の余裕の笑みが深くなる。南夕にはわかっていた。こうして中岡が話を聞くようで微笑むのも、はぐらかす為の一つの材料だという事を。掘り下げようと食いついても、さらりと頭を撫でてそれで済ませてしまうような男なのだ、中岡は。今みたいにちくりと刺しても軽くあしらってしまうし。
 少しだけ腑に落ちないものを感じて南夕は目を顰めて、はた、と気付いた。
「そう、そうだわ。どうして中岡さんはいつもはぐらかすの?」
 これは結構直球かもしれない。でも中岡のような人間には意外とこちらのほうが逃げ場を奪うのには丁度いい方法だ。ただ口にしてしまってから、少しだけ臆すときもあるけれど。本音を聞くリスクは、何よりも高い。
 中岡はつと考えるように目線を流し、確認するかのように瞬きをして、即答した。
「面倒だから」
 喜んでいいのやら、落ち込むべきものかという反応。
 そう言われるならば隠すほどの深いものはないのかと安堵する気持ちもあるし、ただ単純に面倒だからという理由で切り捨てられるのが悲しいという気持ちもある。彼は南夕の気持ちを知っている上で、そんな風に言えるのだろうか。
「……はぐらかすのは面倒じゃないの?」
「いちいち追求されるよりかはね」
 ふ、と微笑んで残酷な切り返しをする。そんなたわいもない一言で南夕が少しだけ傷ついちゃったりしていることなんて気付いていないのだと、南夕は心の中で目の前の男を批難した。ただその批難はすぐに消え去り、残ったものは悲しみだけ。言いたくなかったけれど、それはすんなりと口をついて出た。
「……中岡さんは実は、私のことが鬱陶しかったりしたりする?」
 言ってしまってすぐに後悔する。こんな問いかけは、全く無意味だ。返答なんて聞きたくないし、むしろ恐ろしい。この質問は中岡の本音を探る為でなく、南夕の恐れにしか過ぎない。恐れを口にして、また一つ無意味に悲しみが増えた。
 どうしたらいいのだろう。なんとなしに問いかけた言葉から始まり、いつのまにか自分を追い詰めている。もうやめたいと、心の端で訴えていた。俯く南夕を前にして中岡は眉を顰めて、その言葉に初めて不快感を表わした。
「どうしてそうなるんだ」
「……だって中岡さんから見て私はいちいち追求するような女なんでしょう?」
「君がそうだとは言ってない」
 南夕の気のせいか、それとも故意なのか、言葉の端々がきつく聞こえる。中岡が今どんな風に思ってどんな風に南夕を見ているかわからない。だけど残念ながらそれをさらっと確認するような勇気も出てこない。だから、進むしかなかった。
「……じゃあ」
「じゃあ?」
 反芻しただけなのに南夕は内心びくついていて。相手の一言一言がこんなにも怖いなんて、思いもしなかった。いや、怖くしているのは全て相手が中岡だからだ。中岡が怖いわけではない。だけど言葉が怖い。それを払拭する為挑むように、南夕は心を奮い立たせた。
「どうしていつもいつも、私を惑わすような言い回しばかりするの?」
 また先ほどと堂々巡りで。しかし南夕の意気込みを目にして、中岡の反応が変わる。突如そこから立ち上がると、南夕のほうへと向う。なんとなく怖気づいて首をすくめる南夕を逃がさないように、南夕の座るソファの前に立ちはだかり囲むように両手を突いた。これでは南夕は蛇に睨まれた蛙だ。
「どうしてだと思う?」
 びくびくと中岡を見上げる南夕に微笑を浮かべて、中岡が見下ろす。降参すればいいものを、どうしてかそこで負けられないと、妙な対抗心が芽生えてくる。
「ほら、また。結局教えてくれない」
 揚げ足を取られないように、煙に巻かれないように。精一杯の虚勢を張って、言い返す。すると。
「じゃあ逆に聞こうか」
 くるりと世界が反転したかと思えばいつの間にか中岡の腕の中に収まってしまった。南夕とすりかわって中岡がそこに座り、南夕が乗る形になっている。顔を上げれば何かを試すような、期待するような中岡の微笑。抵抗する気もなぎ払われて、目をそらすことも叶わない。
 高鳴る鼓動の理由は、すれすれの会話に混じるスリルのせいか、それとも狂おしい恋情が掻き立てられたのか。どちらにせよ南夕はその鼓動に翻弄されて、判断する理性も溶けてなくなってしまった。

Continued on the following page. 2010/4/10微修正。

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