女国

28.ことわざ講座

 全国のお子様よ。史上最高にいい男多田時生様より一つ頼みたい事があるので聞いてくれ。
 いいか、大人の言う事は、鵜呑みにするな。これ鉄則。いつまでもいつまでも純真なままでいてくれ。いや、最悪汚れてもいい。もう悪の道に手を染めまくっちゃってもかまわない。だから、だからな。
 セクハラだけは、するな!


「おいそこのお前。今着ているものを脱げ」
「やめろっつの」
 ふざけた事を真顔で抜かす惷鳴の首根っこを掴んで、運悪く掴まった女官を逃がしてやる。また始まったよ。時生さんもうげっそり。胸を見せろってお前それ放送禁止用語どころかセクハラ。なんかやたらと男らしい言い方してるけど台詞が台詞だから台無しだよ。ってか本音はできることなら俺も見せて欲しいけどね。そこはこいつと違って理性あるからさ。大体仕方なく俺が昼飯を持ってきた女の子に触ろうとする惷鳴に突っ込んでやったというのに、ちろりと微妙な眼差しを向けてきやがるし。全くなんで俺が止める側なんだよ。止められる側ならまだキャラに合ってんのに。
 ああ、こいつはいつまでこの奇行を続けるつもりだろうか。あのセクハラ事件からしょっちゅうこれだ。女の子を呼び止めてはおもむろに胸を触り、そしてそこで俺が止めに入る。触られた女の子は大抵顔を紅くするか真っ青になるかのどちらかで、それでもたまに止めに入った俺を睨んで行く子もいるときたもんだ。なんで? 助けに入った俺に頬染めるのはわかるけどなんで怒るの? それ何ギレっていうの? 
 何度感じたかわからない嫌気にため息をつくと、首根っこを捕まれたまま惷鳴が俺を見上げてきた。
「何故止める」
「何故ってお前むしろ俺に感謝しろよ……」
 惷国皇帝がセクハラ常習犯だなんて歴史に残ったら末代まで語り継がれちまうぞ、皇帝なだけに。なんか大河ドラマになったら絶対手つきのいやらしいオヤジを演じられるはずだ。時の皇帝惷鳴、かくしてその実態は幼い時分からの筋金入りのエロだった!ってな。それはそれで武勇伝になりそうだけど……もっと違う武勇伝目指そうよ。
 呆れて言葉も出ない。で、ため息をついた途端にこれまたタイミングよく鷹闇さんがご登場。惷鳴の首根っこ掴んだ俺を見て瞬時に般若となる。
「いっててててて何すんだよッ!」
「お上に手を出そうとは恥知らずな。分をわきまえろ下種」
 なんつーかプロレスで言うとヘッドロック。めきめき言う俺の頭蓋骨。こうして毎日矯正していけば一ヶ月ならずして立派なとんがり頭に……ってなりたくねえよ。命からがら鷹闇の腕から抜け出して後退りする。全く、これじゃあ身体が幾つあっても足りない。このままだと一日一箇所は故障してなんか変な身体つきになりそうだ。別の意味で生まれ変わってしまう。まだなんか足りなそうにごきりと腕を鳴らしているが、冗談じゃない。もう近寄らんぞ。
 っていうかあの俺が刀を掴んだ事件以来なんでか知らないが鷹闇が俺に刀を向けることがなくなった。いつの事あるごとにいちゃもんつけて物騒なもんちゃきちゃき抜いてた武士はいまや職業転向してプロレスラーだ。いや、整体師か? ……どっちでもいいわ。どのみち変わらず身の危険を感じるもん。その内絶対骨の一本や二本ぽきっとやられる。ポッキーのごとく軽くやられる。そんな気がする。
「いや、俺は惷鳴の為を思って」
「ならば死ね」
 もうやだ。もういやだよこいつ。二言目には死ねだもん。お前は過去に何か暗いものでも背負ってるんですか? 惷鳴の為に死ねって無茶言うにもほどがある。第一俺が死んだって惷鳴の為になるか?
 鷹闇の後でぽけっとしてる惷鳴をちらりと見る。と、奴はくいっと首をかしげた。
「トキオが死して何かあるのか?」
 ほらな、素で聞いてくるもんよ。死なないでなんてこいつが言うわけがない。死んでも死んでやるかバカヤロー。お前が死ぬまでしなねーよチキショー。
「もうさー、死ぬとか禁句ね禁句。それよりお前だよお前」
 鼻先にびしっと指を突きつけると、ぱちぱちと目を瞬かせる。何のことかわからないらしい。お気楽なこって。
「なんか最近こればっかやってるけどさー、どうゆうつもりよ? 胸触って楽しいのか? 楽しんでるのか? あん?」
 もしそうなら生粋のレズという事になる。と思ったら、ごがんと後頭部を思いっきり殴られた。なんだよいってえなあ。振り向くとやっぱり鷹闇の仕業で。また何か、蔑んだ眼差しを向けてくる。
「貴様が惷鳴様に下らぬ事を吹き込んだからだろう。己を棚に上げてよくもぬけぬけと」
「……別に俺胸揉めなんて言ってねえもん」
「言い逃れは聞かん」
 んだよ〜、俺のせいかよ。女には胸があるって言っただけじゃん。それを惷鳴が何を勘違いしたかセクハラし始めただけで……。いや、ちょっとは、俺のせいでもあるか?いやいやいやそれでこうなるとは誰も思うまい。惷鳴の奇行は惷鳴の頭の特殊な構造によるところが大きいはずだ、うん。
「とにかく、おい惷鳴」
「惷鳴様と言え」
「〜〜〜〜〜っ!」
 どいつもこいつもいちいちこまけえなあ。何で俺が三つ四つも年下に加えて精神年齢自我にすら達していないようなお子様に様付けせねばならんのだ。すこぶる気にくわねえ。言うのはいいけど言わされるのは嫌なの、俺は。でも、すごく、ぢっくぢっくと睨みが痛いので、大人な俺様は折れてやる事にした。
「だーから、惷鳴様よ」
「なんだ」
 何もしらねえ見たいな顔しちゃって。わかってんだかわかってないんだか。いまいちこいつだけは表情がないせいか全く読めないわ。
「いいか?普通なあ、女だからって女の胸は揉まないの。そんな事したら嫌われるぞ」
「……嫌われる?」
「しつこけりゃな」
 実際のところわかんねーけど。男に置き換えるとあれだぞ、その……やべ、想像したらマジで気持ち悪くなってきた。みなまで言いたくない。口に出すのも恐ろしい想像に身震いしていると、惷鳴が俺の膝元までとことこと近付いてくる。そのまますとんと前に正座すると、じっと見上げてきた。
「では、私は今女達にどう思われているのだ。嫌われているのか?」
「……は」
 なに、ちょっと何この質問。答えづれー。ちょろっと目の端で鷹闇を捉えると、ぱっと目を背ける。うわきたねー。いっつも死ぬほど睨んでくる癖しやがってこんな時だけ知らん振りってお前ほんと汚い。汚い大人代表。惷鳴……頼むから、お前はこんな大人になってくれるなよ。そう、しみじみ思った今日この頃であった。
「おい、答えろ」
 …………うん、まだ終わってなかった。やたらと俺の着物の裾をつかんで催促してくる。
 しかしなあ、そんなこと言われてもなあ。どう思ってるかなんて…………お。そうか、これだ。惷鳴の頭に手を置いて、俺は覗き込むようにして目線を合わせた。
「いいか惷鳴。心して聞けよ」
「……うむ。早く言え」
 こくりと頷いて、心なしか無表情がきりりと引き締まったように見えた。なんか横で鷹闇も何を言うかと怪訝な表情を浮かべているが、この際無視だ。今度は抜かりないからな。
「この世にはな、『女心と秋の空』という言葉がある」
「……うむ」
「意味はこうだ。女の男に対する愛情は、秋の空模様のように変わりやすい」
「おい、待て」
 横からストップが入る。おお珍しい事に鷹闇さんのつっこみだぜオイ。コリャ見所だ。
「なんだよ」
「貴様……何を言うつもりだ」
「別に、特に公序良俗に反する事は何も」
 今のところ健全だろ?しらっと言い返すと、まだなにか言いたそうに顔をしかめる。ふん、惷鳴の質問攻撃から逃れた脱落者は黙ってろってんだよ。今は時生様のよい子のためのことわざ講座なんだ。そしてまた、くいくいと急かすように惷鳴が引っ張ってくる。
「おとことあいじょうとおんなが私とどう関係があるのだ? おとこはトキオだから女はトキオへのあいじょうが変わるのか?」
 ううううんややこしいな。あっているようで全然あっとらん。いや、まあこのことわざをここで使う事自体合ってないんだが、そのあたりは軽くスルーだ、スルー。違う違うと首を振って、しわくちゃになりそうなので裾を掴む惷鳴の手を引っぺがしながら答えた。
「女の考える事は、ころころと変わりやすいということだ」
「……よくわからん」
 うんうん、ここまで順調だ。褒めるようにわしわしと惷鳴の頭を撫でて、にこーっと笑いかけた。
「そうだ、その通り!」
「……何がだ」
「わからないんだ、女の気持ちなんて。難しい、非常に難しい。何を考えてるかさっぱりだ!」
 きょとんと惷鳴の目が丸くなる。横の鷹闇もついでに、きょとんとしている。どうでもいいけどヤロウがきょとんとしてもちっとも可愛くない。無視だ、無視。もしくは放置。さあて、ここら辺で閉めだ。
「だからな惷鳴。俺にもわからないんだ。女がどう思ってるかなんて。無論ころころ変わりやすいから、気にする必要もない」
 よし、うまくまとまった。俺いい保父さんか先生になれるかもな。いや、ガキの相手なんてまっぴらごめんだけど。煙に巻かれたように口を閉じてしまった惷鳴。今回は、俺の勝ちのようだ。いつもどう答えてもなんでどうしての応酬だったからな。
「まあそんな事はぶっちゃけどうでもいいんだ。とにかく、もうむやみやたらと女の子の胸に触るなよ」
 これだよこれ。最終的にこれが言いたかったの。ああでも、やっぱりこれは言わなかったほうがよかったらしい。呆けていた惷鳴はぱちりと瞬きをすると、また口を開いた。
「何故触ってはいけない。トキオも前に私の胸に触った事があるだろう」
「………………」
 ああ、父さん母さん。今まで本当にありがとう。俺、今まで無事に生きてこれてホントによかった。それもこれもあなたたちのお陰だよ。でも、ごめんな。それもこれで終わりみたいだ…………。
「貴様…………どういうことだ……!!」
 どんどろどろどろとお化け屋敷でよく聞くあの奇怪な音の後に響いたのは、断末魔の叫び声。俺が再び朝日を拝む事ができたかどうかは、鷹闇と俺しか知らない。

   

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