女国

14.始まり

 あーーーーーーアホらし。すやすや眠る、惷鳴のあどけない寝顔。いっくら女だと言われてもこいつの場合、尻の毛まで抜かれて鼻血もでねぇ(By豚)。全く…俺泣き上戸だったかなぁ…?なんであんな醜態晒しちまったんだか、女の子には見せらんねぇよ…こいつは女に見えないから除外だが。
 はぁ、とため息をついて何気なく見下ろすと、俺の胸に頭を預けてもたれかかり、規則的な寝息を立てて上下する惷鳴の胸が見えた。まぁ、言うまでもなくぺったんこだ。少し開いた薄桃色の唇、さらりと滴る漆黒の睫、絹のごとく肌触りのいい長い黒髪。ぶっちゃけ俺から言わせりゃ発展途上の、見栄えのいいもやしっこだ。
 頬にかかった髪を横に掻き分けてやると身じろぎして、ぬくもりを求めてるのかさらに俺の腕の中に入ろうと身を縮ませる。こんなちっぽけなガキに、なんて狂気染みたものを背負わせるんだろう、あの女―空椰は。
 普通に考えて、ありえないだろう? 14にして女しかいない国の皇帝だとか、只でさえ女だらけの宮廷なのにその上妻が3人もいるだとか、その内あの女に性的虐待…を受けてるとか。性的虐待と表現していいものかどうか、全貌を見ていない俺にはなんとも判断しかねるものだけど、もしかしたらという思いでぞっとする。
 例えばこいつがそれをおかしいと思える年頃よりも前から、あの女の毒牙にかかっていたとしたら。あの女の行為を、惷鳴は疑問にすら思っていないのではないかとか。
 俺………ヤらなくて良かったのやら残念なのやら、微妙な心境だ。この期に及んでまだヤりたいとか思ってるのかと自分でも呆れる思いだが、何故だかあの女のフェロモンっつーか色香は、まるで…そう、男の本能に直接刺激を与えてくるような、まさに魔性って感じだった。ある意味恐ろしく感じるが、一度近付くと恐ろしくても手を伸ばしたくなる。ここで見た中で一番危険で、一番本能が激しく欲する、情欲の塊のような女に、見えた。
 でもとりあえずはこいつの言っていた通り近付かないようにしよう。人間引き際が人生を大きく左右するんだからな。それに…俺がなびいたらこいつ独りきりになってしまいそうな気がする。いや、どっちかってーとここでは俺のが独りなんだろうけど、とにかくそれはやめといたほうがいいと、俺の第六感が訴えてるわけだ。…別にこいつに遠慮する義理はないんだけども。
 あとからあとへと際限のない疑惑が浮かんでくるが、考えたって仕方ない。誰も教えてやくれないのだから。丸まった惷鳴を横たわらせて布団をかけると、俺も横に寝転んだ。静かな夜に惷鳴の寝息が子守唄のように俺の眠気を引き起こし、そのまますぐに俺も、深遠の淵へと落ちていった。


 まだ朝日も昇らない早朝、畳を踏みしめる微かな振動で俺は目を覚ました。薄暗い部屋の中に誰かが入ってきて、俺達が眠る寝台まで近付いてくる。覚醒しきれない頭でぼんやりと見上げてみると、相も変わらず険しい表情の鷹闇が立って俺を見下ろしていた。
「…なんだ?見てんじゃねえよ」
 低血圧で朝が苦手な俺はけんもほろろにあの鷹闇に向かって喧嘩即売していた。普段の俺だったら滝汗で脱水症状起こしていただろうし、鷹闇も剣を抜いて俺を一刀両断、刺身にしていたことだろう。しかし何故かは知らないがこの時ばかりは鷹闇も様子が違っていた。
 俺の暴言など聞こえていなかったかのようにぴくりとも表情を変えず、横に寝ている惷鳴を軽々と抱き上げ、そのまま無言で去っていこうとしたんだ。その態度に妙な違和感を感じた俺は眠気に負けそうな意識を振起して起き上がった。
「待てよ」
 鷹闇の足は一瞬止まりかけたが、またすぐに動き出す。俺は寝起きで機嫌が悪かったので、無謀にもとんでもない事を言ってしまった。
「お前寝たの?あの女と」
 本当に爆弾発言だった。さすがの鷹闇もこれは聞き逃せないらしく、ぴたりと止まると心臓も凍りそうな鋭い目つきで睨んでくる。
 しかし、俺だって引くわけにはいかなかった。だって惷鳴は言っていただろう?臣下はみんなあの女に尽く手を出されてるって。それなら、一番の側近にも見えるあの男だって、例に洩れないはずだ。
 しかも俺が昨日酔いつぶれかけていたとき、無様な様が云々かんぬん言っていた気がする。それは俺のところにあの女が来る事を見越しての発言だったんじゃあないだろうか。それならば奴は、絶対に何かを知っている。
 正直鷹闇の殺気溢るる目線に寝ぼけた頭も冴えてきて、じょじょに恐怖心が湧いてきたが、言ってしまったものは仕方がない。ええい、こうなりゃままよ!
「昨日の夜、あの空椰って女、ここに来たんだよ。なぁ、あの女なんなの?お前なんか知ってんじゃないの?」
 一応声を抑えて喋ってはいるが、鷹闇の腕の中にいる惷鳴はいっこうに起きる気配がない。おーぉ、大層寝つきがよろしいことで、呑気なもんだなぁこの嬢ちゃんは。そんな風にすやすやと眠り続ける惷鳴に目を落とすと、鷹闇はそのままぽつりと呟くように答えた。
「…ならば貴様はどうなのだ」
「は?」
「貴様は空椰様に誘惑されて、どうしたのだ?答えろ」
 試すような低い声音で、鷹闇は俺を見下ろす。誘惑されてって…見てたの?こいつ。それとも経験済みゆえの発言?
 もったいぶってんじゃねーよとも思ったが、余計な誤解をされて斬られたくもないので俺は素直に答えることにした。
「やってねえよ。…まぁ、ちょっと危なかったけどそいつが入ってきたからお陰様で中断。残念だね、斬れなくて」
「…何?」
 くわっと、鷹闇は目を見開いた。えっ!?こわっ!駄目?やめちゃ駄目だったの!?どっちですか!? いや、しかしまぁ聞き返すってことは、見てなかったってことだよな。あーよかった。嫌だろ、男に自分の濡れ場見られるなんて、気色わりい。
「とにかくそいつが止めに入ったからやらずに終わったの! だから俺んとこで寝てんじゃねーかよ」
 頭をがしがしとかいて答えると、鷹闇はじっと惷鳴を凝視していた。ってかまだ起きねーのか、鈍なお子様だよ全く。薄暗い部屋の中、何よりも大事そうに惷鳴を抱える鷹闇。…なのにこいつまであの女と通じてるって言うんなら、俺は許さねーぞ。それだったらなんかむかつくだろ。
 そして俺が答えを待っていると、鷹闇はくるりと方向転換してまた開け放したままの襖のほうへとすたすた歩いていく。人に聞いておいて自分は答えないなんてそんなん誰が許すかと立ち上がりかけたとき、丁度襖のまん前で鷹闇は止まり、そのままの状態で言った。
「私は、空椰様とは何もない」
 たったそれだけ。たったそれだけ言い残すとそのまま出て行ってしまい、また部屋の中は俺一人きりになってしまった。
「んだよ………どいつもこいつも」
 ごろりと寝転んで、天井を見上げた。右手で惷鳴の寝ていた辺りに手のひらを当てたらもう既にぬくもりは去っていて、冷たい敷布の感触がした。

 広い部屋に俺一人きり。惷鳴も鷹闇に抱かれて、またあの広い部屋のど真ん中で一人で眠るんだろうか、そんな風に思って一番最初に見た惷鳴を思い浮かべた。
 何度も掴んできた惷鳴の手。やっぱりあいつは今の俺とさして変わらない。一人きりだったから何度も俺を掴んできたんだ。毎日冷たい布団の中で、身を丸く縮めて寝ていたんだろう。肌寒い敷布の感触に惷鳴の心を想像して、妙に俺は切なくなった。


「トーキオっ様!」
「ぐえぇえっ!!」
 どずりと、腹に何かが食い込んだ。あのあとまた眠ってしまっていたようだった俺だが、口から内臓飛び出すほどの衝撃に目を覚ますと腹の上には水城ちゃんが朝日にも負けないほど爽やかな笑顔を浮かべて俺の腹の上に乗っかっていた。
 あーーーーっ!!許せねぇ!今回ばかりは許せねぇっ!
 俺は腹の痛みに耐えて水城ちゃんの手を引っつかむとすかさず下に引っ張って、押し倒した。両手を突いて見下ろす形で驚く水城ちゃんを軽く睨む。ふん、俺をあんまり舐めてくれるなよ?
「水城ちゃんねぇ…あんまりおいたが過ぎると俺にも我慢の限界ってもんが…」
「きゃっ!トキオ様ったら破廉恥っ!」
 ………勘弁してください。なんで頬染めてんの!? こいつ危機感ないの!? この子も惷鳴と並んで女を感じない女の一人だよ。きゃーきゃー騒ぐ水城ちゃんをどうしようかと考えあぐねていると、頭上にふっと影がよぎった。
「トキオ様、お目覚めになりましたか?」
 ………お?聞き覚えのある声。はしゃぐ水城ちゃんを無視して起き上がると目の前に立っていたのは、明宝さんだった。いつもの調子を取り戻したのか余裕タップリの笑顔で俺を見下ろしている。んん、やっぱり美人には笑顔が似合うよ。
「まぁね、水城ちゃんの奇襲でばっちり目が覚めたよ」
「それは宜しゅうございました」
 うん、全然良くない。これさぁ、おかしくね?全員こんな起こしかたなわけ?絶対違う!俺だけだ!こんな起こされ方!そのうち濡れた布顔にのせられそうな勢いだよ。絶対やるこの子なら。嫌な想像をしてはぁーっとため息をつくと、明宝さんは俺の傍にひざまづいてにっこりと笑いかけた。
「トキオ様、今日からが、始まりでございます」
「…なんの?」
「皇帝陛下にお仕えなさる第一日目にございます。私どももお手伝いいたしますゆえ、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
 三つ指突いて、頭を下げる明宝さん。水城ちゃんはきょとんとしてから慌ててそれにならって頭を下げた。多分水城ちゃんには意味がわかっていなかっただろう。だけど俺にはしっかりと伝わった。決意を秘めた目、厳かに囁く声、慎重に告げる言葉。
 そう、きっと今日からが、本当の始まりだ。

   

http://mywealthy.web.fc2.com/



inserted by FC2 system