女国

9.ぼんやり

 豪華に彩られた料理、漆塗りの紅い雅な椀。初めて見たね、こんな見るだけで見物料取られそうな昼飯。行儀良く惷鳴が箸を伸ばし、俺と鷹闇はそれをじっと見続ける。
 聞くといくら皇帝が認めた会食といっても家臣は主君が食べ終えるまで先に食物を口にしてはいけないそうだ。ああ、腹減った。主君と…家臣ねぇ…俺のが年上なのに。

 あの後俺が頷いたと同時に鈴の音が襖の向こうの廊下から響いてきて、女官さんたちが料理をもってするすると何人か入ってきた。ちなみにみんな惷鳴と大差ないほどの歳つきの子ばかりで、日本で遊びまわる洟垂れの無邪気なガキどもを見ている俺としては妙な違和感を感じた。
 それで少しだけ惷鳴のことがわかった。きっと情緒というのは、人と人との関わりで育って行くものなんだ。小学生や中学生、奴らは学校の枠の中で嫌というほど人間と接して、色々な事を感じる。そこには用意されてるんだ、平等が。だから何不自由なく感情を発揮して、取得して、フルにそれを活用する。喧嘩だの仲直りだのいじめだの、そうゆうことに従順に行動する感情を覚えたての奴等がいるのがいい例だ。良いも悪いも生じるが、自分を行使する術をそこで覚える事ができる。これは結構大事な事なんだろうな、人間が生きていくうえで。
 だけど惷鳴はどうだろう? あらかじめ用意された埋める事のできない主と使いの差のお陰で、いい年頃なのに感情を取得する事ができないでいる。
皇帝として仕事をしていくぶんにはそれは必要ないのかもしれない。でもそれって何よりも孤独なんじゃないだろうか?
 惷鳴が俺に興味を抱いたのは、そこから生じた微かな孤独が反応したからなんじゃないだろうか。だとしたら俺を掴んだあの手は、そういった寂しさからきたのかもしれない。あの小さな手は必死で、本来子供の持つそれを取り戻そうとしているのかもしれない。

「…キオ」
 いやしかしそうは言われてもスクールカウンセラーじゃあるまいしガキの心の病を俺なんかが何とかできるわけがない。
「トキオ」
 俺に出来る事といったら…女をコマす事ぐらいだ。ああ、神様。なんで俺みたいなのをこんなところに派遣したんですか…ガキをコマせって言うんですか、んなむちゃな。まじ勘弁してぐはっ!!
「いてぇっ!!」
 いきなり後頭部を硬いもので小突かれた。いや、どつかれたといったほうが正しいだろう。ずっきんずっきんと痛む頭を押さえて振り向くと鷹闇が剣の柄を俺に向けていた。恐らくあれにやられたのだろう…切っ先のほうじゃなくて本当に良かった…!見るといつの間にか食い終えた惷鳴がちょこんと正座をして俺を見つめている。
「トキオ、人が呼んでいるときは返事をしろ」
 むっ。泣く子も騙す多田時生、子供に諭される日がこようとはおもわなんだ。
「なんだよ、食っていいの?」
 目の前に出された料理が美味しく俺を手招きしている。惷鳴が頷いたので、早速箸に手を伸ばした。んん、中国料理と和食が混ざってるような料理だ。さすが皇帝、いいもん食ってる。
 ちなみに鷹闇は身動きしないで俺を睨んでいる…なんでこいつ食わないの?後で俺を料理して食うつもりだから?こえーよこの鬼!
 まぁ、でもとりあえず俺は、出された料理を楽しむことにした。滅多に体験できないからな、こんな豪華な料理。そんでもって昨日から何も食べてない俺は怒涛の勢いで出された料理を食いつくし、惷鳴はそれを眺めながら口を開いた。
「食べながらでいいから聞け。トキオはこれから私の側近として扱う、鷹闇同様常に私の傍にいるように」
 ふーん…まぁいいか。なんで俺がこんなところに来ちゃったかは知らないけど、日本じゃなくても食うもんと女がいればいいし、就職先が外国ってだけだ、住む分には別に困らん。しかも女の国なんだろ? 鷹闇みたいなハズレもいるけど実質これって男と銘打ってる俺にはハーレム大国じゃん。俺は内心にひひと、一人ほくそ笑んだ。
「…つまり俺をここで雇ってくれるってわけだな。で、側近っつっても俺何すればいいわけ?」
「大してお前にしてもらうことはない」
 惷鳴はずばり一言のたもうた。ええええ! 今側近って言ったじゃん! ヒモか!俺って世に言うヒモか!? そういうのは男としてのプライドがだなぁ…なんて思っていると、鷹闇が横から口を挟んできた。
「惷鳴様、普段は雑用をやらせておけばよろしいかと。私にお任せくださればこの穀潰しも暇をもてあますこともないでしょう」
「うむ…それもそうだな、任せよう」
 おいぃいい!今昼飯頂いただけで穀潰しはないんでない!? もう会ったときから思ってたけどこの人毒舌にもほどがあるって。親の敵とばかりに俺の心を痛めつけてるよ…。
 もう可哀想!ホント俺可哀想! しかも惷鳴うむとか、それもそうだなとか言ってるし!なんで?なんでこんな扱い受けてんの? 密かに嫌われてんの俺!?俺の就職先は理不尽、不条理、アウトローだっコンチクショウ!
「………で、皇帝様は俺に何をお望みなんでしょうかっ!?」
 半ば自暴自棄に聞くと、惷鳴は顔を上げて目をぱちぱちと瞬かせていた。…忘れてたんかい。
「ってか俺に男を教えてもらいたいんだろ?」
「おお、そうだった。それで、何故トキオは男なんだ?」
 ……………えっ?いや、なんでって…生まれたときについてたから?いや、え?
「何故って言われても…男に生まれちゃったからなぁ。俺にもわかんね」
「しかし私の国では男は存在しない。お前はこの国では一体なんの役割を担うのだ?」
 えーっ!男の役割っ!? そいえばなんだろう…おお!あるじゃないか最も本能的で偉大な理由がっ! 俺はぐっと拳を握り締めて意気込み強く言った。
「子作りだっ!!!!!」
 そうだ!これしかない! しかしそんな自信満々な返答もすぐさま崩された。惷鳴に。
「何を言う、子を成すならば女だけで事足りる」
「えっ!?」
 ばっと鷹闇を見ると、こくりと、頷かれた。嘘おおおお!?いっくらファンタジーでもそれはないんでない!? えっ?だって鷹闇は?男じゃん!
 …あーでも、これ言ったら殺されるからな…こっちはスルーしとこう。
「いや、男と女がいなきゃ生物学上子供はできないだろ。そしたら惷鳴も俺もどうやって生まれたって言うんだよ」
 すると惷鳴は首をかしげて、悩ましげに腕を組んだ。しばらく考えてから、また口を開いた。
「知らぬ」
 ………あっそぅ。
 んーーーーっ!うあああああ!きええええええ!いらいらするっ!思わず奇声が出そうなほどいらいらするっ! 女同士で子供を作る!?レズビアンかコノヤロウ!俺は大反対だぞそんなもんっ、何が何でもノーマル推奨だっ!
 と、思ったがそういえば、惷鳴が変な事を言っていたのを思い出した。こいつ、昨日自分は女だと言っていたのに妻だのなんだの言っていたな。
「なぁ、まさか…お前って結婚しちゃってる?」
「けっこんとはなんだ?」
「…じゃあお后…っていうのかな?妻っつーか」
「いるぞ。3人ほど」
 いるんかい。本当に何でもありなんだな、イッツアファンタジア。
 しかし…お后か、ちょっと見てみたいかも。にやにやといやらしい笑みを洩らしつつ、惷鳴に頼んでみる事にした。別にやましい気持ちはない。美人だったら最高だなぁと純粋な期待をしているだけだ。
「なぁなぁ、そのお后、ここに呼べない?」
「…会ってどうする?」
 惷鳴はきょとんとした表情になり、鷹闇はさも怪しげだと疑うように顔をしかめている。うむむ、敵は手ごわいな。がんばれ俺!ここにきて虐げられるだけじゃあ男の癖にシンデレラだぞ!
「やっぱ新参者は何かと教えてもらわないと後が不便だっ不便なんだっ!いいじゃんちょっとくらい!な?」
「…では夕餉に呼べばよいだろう。鷹闇、全員に知らせを向けろ」
「…承知いたしました」
 惷鳴はそういうや否や立ち上がり、呼び鈴を鳴らしてさっさと部屋を出て行ってしまった。鷹闇もその後をついていくが、俺はというと女官さんに誘導されまたもとの部屋に返されてしまった。


 どうやらここが俺の自室となったらしい。特に何かがある部屋でもなく、掛け軸やら肘掛やら、平安時代によくある香炉みたいなものとか、詰まらんものばかり置いてあったのでごろんと部屋に寝転んだ。
 染み一つないまっさらな天上を見上げていると、なんか色々考えが浮かんできた。ああ、今日から俺は惷鳴の側近かぁ、とか、お后様楽しみだなーとか。
 色んな事がいっぺんに俺に降りかかってきて、わからない事だらけで、でも俺は別にもう怖いとか思っていなかった。都合よく皇帝様に保護してもらえるし女がいっぱいのハーレム国だし、鷹闇さえ乗り切ればこの国でもうまくやっていけるかもしれない。
 別にいいんだ、もとの世界に返れなくたって。この世界になんで俺が来てしまったのかだってどうでもいい。飯食って寝て楽に生きられりゃあめっけもんだ。だって今のおれと、日本での俺、あんまり大差なくないか?あっけないもんだ。日本に縛られる事なんて何一つないんだ。俺はのらりくらりと生きて、どこでだってそれは変わらないんだ。虚しいな。
 頭がぼんやりする。目がかすんで、まぶたが重くなる。もう寝よう、誰かが呼んでる気がする。眠ろう。どうせ起きてても寝てても、何一つ変わりやしないんだから。

   

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