女国

6.Hell or Heaven

 早くも来ました絶体絶命パート2。皆さん、長らくお待たせいたしました、これより多田時生の処刑生LIVE☆が始まりますっ! 皆様、よーく目を凝らしてご覧になっ………りたいですか? 俺は嫌です。待ってません。断固拒否します。ってかマジで許してください。
 えー、どうやらこの鷹闇さんの、いえ鷹闇様の殺意を刺激する発言を俺がやらかしたらしく、只今鷹闇様と俺目下睨み合い中…いや、睨まれ中。もしくは殺す機会を伺われ中。正直門前払い食らわせたい。もうセールスお断りの勢いで殺しお断りで帰って欲しい、理性の国に帰って欲しい。
 睨み合っていたのは1分か2分だろうが、切迫した雰囲気に飲まれ何時間にも感じられた。が…鷹闇がついにちゃきりと刀を抜こうとしたのと俺が後ずさりの第一歩を同時に踏みしめた時だった。
「恐れ入ります、鷹闇様、トキオ様。天子様へのご拝謁の刻にございます。御準備はよろしいでしょうか?」
 うら若い女の子の涼やかな声がして、鷹闇と俺の動きが同時に停止する。
そのまま何秒かまた睨み合っていたが鷹闇のほうが先に小さくため息をつき、その手を柄から外すと手を伸ばして俺の襟首をすごい勢いで引っ張ると顔をぐっと近づけた。
「喋るな、答えるな、黙せ。それ以外は許さん。…来い」
 あー良かった! あー良かったっ!! ありがとう名も顔も知らぬ少女よ!後でたっぷりお礼をするからね♪ とりあえず場を凌げた事を理解できた俺は当然逆らえるはずも無く、こくこくと馬鹿みたいに揺れ続ける人形のごとく必死に頷いた。それを見た鷹闇はちっと舌打ちをして(なんで?なんで!?)そのまま俺を引っ張り部屋の襖を勢い開け放った。
 すぱんと良い音がして、さっきの俺の救世主の少女だろうか、平伏したままビクッと肩を震わせる。うん、怖いよね、この人怖いよね。しかしそんな女の子の様子を目に止める事もせず鷹闇はすたすたとあの長い廊下を歩き出す。
 ん?どこ行くの? 俺は? 俺どうすんの? とか思ってたら数メートル先で鷹闇がぴたりと止まると振り返り、今にも血管ぶちきれそうな勢いの怒りの表情でいらいらと言い放った。
「さっさと来い、愚図が!」
「はっはいっ!」
 俺の救世主ととその後ろに同じく待機していた子達が揃って返事をした。全員怯えた表情だね、でも大丈夫、安心して。愚図=俺のことらしいから。すっげぇ俺にロックオンして睨んでるから。
 怯えて立ち上がる女の子達と共に俺も一緒に歩き出した。最初全員が鷹闇との間に1m以上の距離を保って歩いていた事は、この際仕方がないと言えると思う。


 鷹闇を筆頭に全員黙々と長い廊下を歩き続け、変わることの無い景色をじっと見据えているうちに困惑していた俺の頭も冴えてきた。そう言えばあの子、『てんしさま』とか言ってなかったか?天使? 天使ってあれか?あの、どこからか飛んできてネロとパトラッシュを拉致る奴ら。でも見たとこ犬がいないな。
 …ってボケてる場合じゃないか。どうにもこうにもふざけた事ばっかりで何一つ状況が読めない。なんで俺は女の格好をさせられて、鷹闇が男だと言う事を暴いたら殺されそうになって、しかも今現在もどこかに連れて行かれそうになってるんだ?
 女装は鷹闇の趣味かと思ったけど違うみたいだし、惷鳴がどうとか言っていたよな。…もしかして、惷鳴が男のことを知らなかった事と関係大有りだとか?ありえる。ものすごくありえる。場の展開的に絶対そうゆうパターンだ。やだなー、首突っ込みたくないよ俺。早く帰りたいっす。
 未来への自分の予想にげんなりして思わずため息が洩れそうになって口を閉じると、思案に耽っていた俺の意識はまたこの場に戻った。いつの間にか大分歩いていたらしく、延々と続く廊下は越えて広い吹き抜けの通りを静々と歩いているところだった。その光景に正直かなり驚いた。自分の目が確かか確認したくて足を止めてしまいそうになったほどだ。そんな事したら先頭のあのお方に瞬殺間違いないので思い留まったけど。
 しかしこれまでの出来事で耐性ができていたはずの俺が何故そこまで驚いたのか。なんとそこは全体が朱色に統一されていて、所々に均一に円柱がずあっと立ち並んでいたのだ。
円柱以外何も無い天井は何十メートルあるのかと思われるほどに高くそびえていて、横は先に言ったとおり吹き抜けで庭園が望めるようになっていた。
そこ自体が驚くほど広くまるで大広間のようで、その光景に昔見た中国の皇帝の住む御殿がでてくる映画だの沖縄の首里城だのを思い浮かべた。
 ありえねぇ。こんなすげえ家持ってる奴なんぞ聞いたことが無い。って言うか日本に存在するか?こんな中華風味の建物。このでかさじゃ絶対国の重要文化財指定される事うけあいだよ。
 そして誰が見たって信じられない光景に戦いて俺が目を泳がせていると、全員の歩みがまるで示し合わせたようにすっと自然に止まった。俺も一歩遅れて止まる。目の前にはあの突き抜けるような天井に届くほどの巨大な扉があって、それも朱色でなにやら幾何学模様が描かれていた。鷹闇はその脇にある鈴が沢山つけられた紐を引っ張り、軽やかな音をそこに響かせた。
 すると一時の間があって、扉がごごごごと大仰な音を立てて開き始めた。その瞬間また俺を除いて全員完璧なチームワークで跪く。慌てて俺もしゃがみこみ、ちらりと開きかける扉の中身を盗み見た。
 ありえない。ありえない。ありえない。俺は一体夢を見ているのか、幻覚を見ているのか、はたまた魔物に魅せられているのか。さっきの驚きなど比べ物にならない、なるはずが無い。俺ってば一体、なんでこんなことになっちゃったわけ?
 扉の向こうは奥まで行くと絶対50メートル以上はありそうなほどに奥行きが広く、それでいて壮大だった。天井にはひらひらと舞う布が装飾のごとくあちこちではためいていて、幻想的なものを感じた。そして下に目を移すとなんとまあ、何人収納されているのやら乙姫もどきがずらっと一列に、平伏している。それが両脇に5列づつ連なっていて、一体何事かと目を疑った。いやもう、嘘だと思いたかった。ナニコレ、ありえないって。
 好奇心やら求知心やら畏怖やら猜疑心やらとにかく色んな感情がごっちゃ混ぜになって、更に視線を奥に進めると一番前のど真ん中に簾がかかっているのが見える。その奥はさすがに見えなかったけど。
 なんだこれ? もしかして俺って死んでたの? しかも地獄行き? だってあれ絶対簾の向こう閻魔様いるって! 絶対あの歯を抜く道具…じゃなくて舌を抜く道具を嬉々とした表情でカチカチ鳴らしてるって!!
 この場のありえなさに呆然としていると、突き刺さるような痛い視線を感じた。その気配を辿ると案の定、鷹闇が俺を下から、平伏しているから見事器用に下から、閻魔も真っ青の殺人睨みを送ってきた。俺はその時思った。
 絶対ここは地獄だ。なぜなら俺を恐怖の淵に陥れる鬼が既にここに一匹、女装をして派遣されているからだ。これからまだまだ真の恐怖が始まるに違いない。多分この乙姫もどき達も顔をあげると般若のオンパレードに違いない。もう絶望して半ば倒れるようにしてべたりと床に這い蹲ると、よく通るスマートにも聞こえる鷹闇の声がその場に響いた。
「鷹闇、トキオ。参上仕りました。惷鳴様につかれましては今日もご機嫌麗しゅうございますることと」
「口上はいい。近う寄れ」
 聞き覚えがあるような無いような声が簾の奥から鷹闇の言葉を命知らずな物言いで遮ってきた。…しかし、ん? 惷鳴? 惷鳴って…あいつの名前言った? 今。
 鷹闇が立ち上がり、俺に一瞥をくれて乙姫もどきが向き合う間を進み行く。多分トキオとか言ってたから俺も行かなきゃなんだろう、恐る恐る立ち上がって鷹闇の後についていく。
 とてつもない緊張が走る。この大人数が平伏する中、音も立てずに歩かなければいけないからだ。誰も静かに歩けなんていっては来ないけれど、ここまで静観とした中でサンバでも踊ってみようものなら袋叩き決定であろう事は俺にだってわかる。
そのまま今までにないほど俺は集中して俺はまるで服部半蔵だかお銀だの…はちょっと違うけどとにかく忍びがごとく音を立てずに鷹闇の後を付いて行き、簾まで5メートルというところで止まった。また平伏してじっと黙っていると、近くなったせいかさっきよりは鮮明な声音であどけなさの滲む声が聞こえてきた。
「トキオ、眠れたか?」
「えっ? あっ、はぁ」
 うえ、思いっきり生返事。だってこんないきなり簾の奥から聞かれても、なぁ? 顔見せろっての簾上げろっての。大体なんで俺の名前知ってるの? そんでもって何で俺はこんなはいつくばってるわけ?こんなさ、時代錯誤どころか映画みたいっすよこれ。何?向こうに皇帝でもいるってか! 残念! 向こうにいるのは閻魔様でーっす!!…助けてええええ。
 もう泣きたい思いになって頭を床に置いて体を支えていると、かさりと乾いた音が耳に届いた。その後とたとたと小さな足音のようなものが聞こえて、だんだん近付いてくる。とにかく俺はもう床だけしか見えないから聴覚に頼るしかないのだ。耳を澄ますとなんとその足音は俺に近付いてきて、すぐ傍でぴたりと止んだ。
 なんかいる…なんかいる…!! なんとなく顔を上げるわけにもいかず冷や汗をだらだら流していると頭上から聞きなれた…いや、つい最近の記憶で聞き覚えのある声が降りかかってきた。
「面を上げろ、トキオ」
 まるで魔法にかけられたように俺は身体ごと起こして目の前にいるものの正体を確認した。ああ、実は薄々そうじゃないかとは思っていたけれど。目の前に居たのは閻魔なんかじゃない。般若なんかじゃない。無論鬼でもない。
 幼さ特有の純粋な目をした、天使と見間違えるほど美しく着飾った惷鳴だった。

   

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