女国

5.明宝

 あれから独りになった俺はあの状況で眠れるはずもなく、一睡もしないまま夜明けを迎えた。
 起きている間中色々な事を悶々と考え、逃げようと試みたときもあった。けれど部屋の外は惷鳴の部屋と同じように庭園が続いていて塀の向こうが崖である事はどう見ても明白だったし、かといって部屋を出て延々とあの長い廊下を彷徨っていても迷子への道まっしぐらである事も目に見えていた。
 結局俺は文字通り八方塞のこの部屋で、大人しくしているしかなかったってことだ。参っちゃうよね。

 そして出る事のない答えに悩まされ続けながら朝日を拝み、それと共に見たものは着物美人の群れ、まさに美女軍団ってヤツだ。あまりの華やかさに一瞬全てのしがらみを捨てて飛び込みたくなったほどだ。
 夜明けと共に襖を開けて、なにやら色々と持ち込みながら優雅なしぐさでぽかんと座り込む俺の前まで進み出てきた。そしてまるで竜宮城から来ましたのよ?的な格好で泣き黒子のついた色っぽい艶やか美女が、にっこりと洗練された笑みを浮かべ手を合わせて礼をしてくる。思わず俺も深々と礼を返してしまった。艶やか美人は顔を上げて、笑みを崩さずに口を開く。
「お早うございます、トキオ様。本日よりお上の御側近としてお宮入りなされましたこと、お喜び申し上げます。つきましてはまずお召し替えをしていただきますが、その際私共がお世話させて頂く事になりましたので、以後お見知りおきを。私のことは明宝めいほうとお呼びくださいますよう」
「はっ!? え、はぁ、ども」
 ぺらぺらとご丁寧に口上を並べ立てる明宝…さんには悪いんだけど、敬語が流暢過ぎてなに言ってるか正直さっぱりわからない。
 しかし俺の困惑など目にも映らないと言わんばかりにその明宝さんはにこにこと微笑み続け、その後ろからすっと、何か布の束を持った少女達が進み出て俺を挟むようにして横に立った。惷鳴と同じくらいの年頃だろうと思われる少女達はぺたぺたと小さな手で俺の服を引っ張ったりめくったりしだした。
「え? っちょ、何っすか? 何してんの?」
 いや、俺珍獣じゃないよ? 触っても絶対ご利益なんてないよ? それでも少女達はまるで服を初めて見た原始人のごとく色々試行錯誤を重ね、ついに泣きそうな顔で俺を見上げてきた。
「あの…申し訳ありませんが…これはどのように、お脱がせすればよろしいのでしょうか…?」
 どのようにお脱がせすればって…えっ?なんで脱がすの!?これは遠まわしに誘ってるの?……それはそれで大歓迎ですけど。……って違うか。あからさまに困った顔してるもんな。多分、もしかしなくとも着替えだろうな。お召し替えだのなんだの言ってた気がするし。
 あーでも金持ちは着替えも自分でやらないのか…ってどんなお殿様だよ!今この現代に自分で着替えもしないってすーげぇ王様気取り! 王様ゲームでもしたことないこんなの。
 そうとわかればまさか着替え手伝って♪ なんて言えるはずもなく戸惑い気味に服を握り締めるその手を外して、少し後ろに後退して離れた。まさかねぇ?そりゃ、脱がされるのもおつなものがあるけどそこは一線引いとくべきだよね、俺パンピーだし。
「いいよ、自分で着替えるから。それかしてくれる?」
 しかし手を差し出して着替えを貰おうにも、渡してくれなかった。少女達はおろおろして明宝さんに助けを求めるような目を向ける。するとずっと黙ってにこにこと傍観していた明宝さんは再び色気たっぷりの笑顔を俺に向けて口を開いた。
「トキオ様、こういったことは侍女がやるものと決まっておりましょう? そのお衣は私共には勝手がわかりませぬゆえ、誠にお手数では御座いますが全てお脱ぎくださいませ」
「はっ? いや、まさか全裸!?」
「はい。ささ、どうぞ」
 いやどうぞって言われても。嫌だよさすがの俺もそれは嫌だよ! この場で女の子の前で全裸になったらわいせつ物陳列罪でしょっ引かれる事うけあいじゃん! ってか明宝さんも全裸ににっこりって破廉恥な。俺だって人の…ってか女のを見るなら最高だけど自分を見せるマニアックな趣味はないっつの。
 しかし…にこにこと、近付いてくる。美女集団で…近付いてくる。じりじりと俺を部屋の隅に追い詰めていく。
「いや、ちょっ、まっ! き、着替えなら自分でっ!」
「どのみち着物は一人ではつけられませんわ。ささ、観念なさいませ」
 黒ッ!今思ったけどこの人の笑顔黒っ!いやっ、まじ助けてっ!
 「え、来ないで…うわっ、あっ、ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!!」
 このときばかりは女好きの俺も、女恐怖症になるほどに恐怖を感じた。

「で、これは一体なんですか」
「何のことだ」
 仏頂面の俺と仏頂面の鷹闇。このときばかりは俺も負けじと睨み返すぜ。なぜなら俺のこめかみの血管もぶち切れそうなほどの事態にたった今!なっているからだ!

 着替えを終えた頃に鷹闇が入ってきて、そのままなぜか明宝さん共々人払いがされた。部屋の中には二人きり。しかし鷹闇は一行に口を開こうとせず黙って俺を睨み続けるので、仕方なく俺がそのぴりぴりとした沈黙を破った。ってか何が何でも聞きたい事があった。
 着替えは無事(?)終わったんだよ。わらわらきゃあきゃあと女の子達に引ん剥かれるなかパンツだけは、パンツだけは死守して何とか事なきを終えたのさ。しかしなんだこの様は!? 俺は女じゃなくってれっきとした男なんだよッ!
 あんまり腹が立ったのでばっと見せ付けるように鷹闇に俺の今の格好をさらけ出した。(間違っても変なおじさん的なものを想像しないように。)
「な・ん・で・俺がこんな格好してんだっ!!」
 そう。俺はまるで…目の前のこいつと同じような格好にされていた。鷹闇のほうが装飾が多く堅苦しい印象を与えるが、見た目は結構似ている。
 つまりおれは女の格好をしているということだ。しかもご丁寧につけ毛までついてて、ね。当分その類にはお世話になるつもりはなかったのに。
 そりゃ美人だよ? 元がいいからな。俺が女装したら世の男共が絶対間違いなくほっておかないほどに美人さ。でも俺は狩られる側じゃなく狩る側なんだよッ!想像しただけでも気色わりぃっ!
 色々と連想して俺の怒りは更に増してゆく。なのに鷹闇は取るに足らないことだとでも言うようにため息をついて、見下した目線を俺に向けた。
「それが正装だ。貴様が元着ていた奇抜な衣はとても惷鳴様のお目にさらせるようなものではなかったのでな。着替えられただけありがたいと思え」
「いやそうゆう問題じゃなくてなんで男の俺が女の格好させられてるのかと聞いてるんですけど」
 着物だのなんだのはまぁ、ね? このお屋敷の? しきたりみたいなものなんだろうから? 一応一泊の恩義がある以上文句は言えないんだけど。でも性別間違ってますから。俺は立派な男なの。心も体も男なの。
 しかしなんだか…いらいらしたように目にキツさが増していってる気がする。や、やばい…この目は…殺気を含んでるっ! そして鷹闇は俺にすっと一歩近付く。俺も怖くて一歩下がったから±0だけど。
「貴様は女だ」
 うん。……んーと。いきなり突拍子もないことを言われた気がする。俺の気のせい?
「は? え? 俺がなんだって?」
「何度も同じ事を言わせるな。貴様は女だ。よって女の格好をする事になんら不自然はない」
 ……俺男の証ちゃんと所持してますけど。見たいの? 確認したいの? …おっと。セクハラ発言かましてしまった。とにかくどう見ても俺男だろ?不自然極まりねーよこの格好は。だからもちろん俺に納得できるはずがなく、なおも言い募ろうとしたけどその言葉は飲み込んだ。いや飲み込まされた。ぎりぎりと、首を絞められたからだ。しかも片手で。
「ぐっ………く……っ!」
 すっげぇ苦しいのに、なかなかその手を外す事ができない。とんでもない力が俺の首に集中している。そして苦しむ俺に顔を近づけて、鷹闇は低くドスの効いた声でささやいた。
「お前は女だ。惷鳴様にも自分は女でしたと言え。間違っても男という単語を発するな。言ったら殺すぞ」
「くっ…知ら、ねーよっ…っ。離…せっ!」
 なんとかあるだけの力をこめて鷹闇の腕を振り払い、距離をとった。こいつなんちゅーバカ力してやがるんだろうか。首がへしおれるかと一瞬マジでびびってしまった。心臓がバクバクとものすごい速さで波打っているのがわかる。
 大体…なんなんだ?こいつも…あいつも。言っていることやっている事がめちゃくちゃ以外のなにものでもない。猜疑心がむくむくとわきあがり、よせばいいものを俺はつい、思っていることを口にしてしまった。
「お前、なんなの? ……あ、いつが男知らないのってお前のせいなの? 俺は男だよ。……それに、お前女の格好してるけど……男だろ。一体なんなんだよここは」
 俺はとうに知っていた。鷹闇が男であることを。ちょっと見ればどんなに女っぽくっても男女の区別をつけるくらい俺には造作もないことだ。
 だけどやっぱりこの女好きの性が…またも厄介を引き起こしてしまったようだ。俺の発言の後に鷹闇は驚愕に目を見開いて、腰の剣に手を伸ばしたのだ。殺気みなぎる視線を、俺に向けて。

   

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