女国

4.修羅場

「私の妻になれ」
 マア男らしいプロポーズです事、自称女の癖に。いやしかしこいつの顔は男にも見えるし女にも見える。中性的なのか。っていうかなんだ? なんでこいつ俺にプロポーズしてるの? 普通A・B・Cから順々に…って古いな俺。いつもすっ飛ばしてる奴の台詞じゃねーよ。
 いやとにかく状況はよくわかんないけど俺は皆のものだから、一人のものにはなれないのさ。しかも胸がないのは非常に痛い(ここ重要)。
 まるで小動物のようにじっと純粋な眼差しを向けてくる惷鳴は可愛い、可愛いが。これはガキ特有の可愛さだから対象外。出直して色気をつけてきな。
「無理です」
 そらもう男らしーく断ったよ。また女の子泣かせちゃうのは少し心苦しいけど仕方ないな…誰かに独占できるものじゃないんだ、俺は。
 しかし、しかしだ! 惷鳴はちっっっとも泣くようなそぶりも見せず、むしろ平然としていた。おい、俺の痛んだなけなしの良心を賠償金付で返せ。そして惷鳴はさらさら黒髪を揺らしてふるふると首を横に振った。……なんだ? いやいやじゃねーよ。
「無理ではない。私は皇帝だ、できぬ事などない」
 そっちかよ。

………………ってか…………肯定? 高低? 校庭? ………皇帝?
「こうていって、皇帝ペンギンの皇帝?」
 ふっ、我ながらほのぼのする可愛いボケだ。しかし……こいつには何を言っても効かないらしい。
「ぺんぎんとはなんだ?」
 こいつさ…これしか技知らないの? 生まれたてのLv.1のモンスターかよ。できる事なら今この場で倒したい。こいつの前途ある未来を土足で踏み荒らしたい。そんなことしたらそりゃ…俺の人生虫けらのごとくそっちの睨みを効かせる美人さんに潰されるだろうけど。もう俺この人の前じゃ虫だよ、こえーもん。もうカミングアウトさせて頂く。俺は虫さ。恋に夢虫さ。あ、俺うまいこと言った。
 しかしこのままじゃ堂々巡りだ。一生こいつの質問に答え続けなくてはならなくなってしまう。何でも博士じゃねーんだよ俺は。とりあえず惷鳴の肩をがしっと掴み、真っ直ぐ向き合うようにした。とっ、隣のスナイパーは無視だ。ってか怖くて見れない。
「…いいか? 俺は男で、お前は女? らしいが、男は普通妻とは言わない。夫と言うんだ。そしてこの場合お前が俺の妻となるんだけど…っていやいや、違う。俺は一人のものにはなれないの。全国の女の子が俺を必要としてるからだ。…わかったか?」
 惷鳴はきょとんとした表情でくいっと首を引いて、まるで無邪気な小鳥のように首をかしげた。
「私は女だがお前を必要とはしていない。…鷹闇はどうだ?」
 俺のこめかみを程よく刺激するような発言をかまして惷鳴はくるりと鷹闇の美人さんへと振り返った。するとそっちはそっちで苦虫を思う存分噛み砕いたような表情を作り俺を見下すようにねめつける。…今噛み砕かれたのって俺かな。
「とんでもございません。このような下賎な輩、むしろ排除して世の鎮定を図るべきです。」
 俺魔王か? …………あーあーよし、買おうじゃないかっ!所持金ゼロだけどその喧嘩買うぞコノヤロウッ!ガキだと思ってなんでも許されると思うなよ!?
 確固たる意思もあらわにぐわっと立ち上がり、アドレナリン生産者二人を見下し優位を図って息を大きく吸い込んだ。
「要らねーならっ! ……………………いえ、あの…開放してくださいませんか?」
 だってねぇ? 可愛い惷鳴ちゃんの後ろで睨みを利かせるわけよ。あれ見たらヤーサンだって泣くぜ?俺もう心が泣いてるもん。
 そうして憔悴して項垂れているうちに惷鳴はとてとてとまた自分の寝台の上に戻り座り込む。ゆっくりと鷹闇という美人さんのほうを向いて、今までののんびりした口調でなくガキとは思えないほどの厳格さを孕んだ声音で言い放った。
「時生が妻になれないというのなら側近にする。私はもう寝るから鷹闇、後はお前に任せる。よしなにはからえ」
 は? 何言っちゃってんの? 寝るってか…俺も早く開放されて家のベッドでゆっくり眠りたいんですけど。
 しかし鷹闇と呼ばれた美人さんは不本意そうな顔を一瞬表に出してまた無表情を作ってそれを押し込め、小さく返事をした。そのまま俺は首根っこを捕まれたままずるずると引きずられ、もう眠りについている惷鳴のどでかい部屋を後にした。
 …よしなにはからえって言ったばっかりじゃん!!!


 美人さん…鷹闇はどこにそんな腕力を秘めているのか、そのまま黙ってずるずると俺を引きずって歩き、俺も声をかけられないでいた。すっげぇ気まずい。
 それでなんとなしに周りを見回してみてびっくりおったまげた。そこは信長でも闊歩してそうなながーい廊下がどこまでも続いていて、ところどころに転々と小さく明かりが灯っていた。あの、お雛様とかにある雪洞みたいなやつ。さっきから思ってたけどこんな時代錯誤な家は俺は初めて見た。どこかの華道だか茶道だかの家元だろうか?コレを見てますます頭の中の状況判断能力が麻痺していくのがわかった。
 そのまま延々と続く廊下の中まるで猫の子のごとく俺は引きずられ、青い雪洞が二つ立っている部屋の前でぴたりと止まった。鷹闇はまたその多大な腕力で大の男の俺をいとも簡単に持ち上げるとだんっ、と壁に打ち付けて襟首を締め上げた。触れそうなほどに顔が近付く。…美人だ。だけど…なんか、あれ? もしかしてこいつ。
「貴様、何者だ。なぜ惷鳴様の寝所に忍び込んだ。正直に言わなければ即刻この場で殺す」
 低い声で脅しをかける鷹闇の目は殺意がありありとみなぎっていて、答えても答えなくても俺を瞬時に殺しかねない雰囲気を纏っていた。冗談じゃない、こっちが聞きたいくらいなんだぞ。ばっと鷹闇の手を振り払い、距離を置いた。
「俺は、…っわかんねえよ! ここは一体どこなんだ!? 気がついたら惷鳴の目の前にいたんだよッ!」
「何を言っている? 貴様、そんな戯言を並べて本気で言い逃れできるとでも思っているのか?」
 眉を潜めてますます鷹闇は俺への猜疑心を深めたようだ。だぁーっ、なんなんだここのやつらはどいつもこいつもっ!何か本当に事態は昨日の俺の状態と一変しているようだ。まるで、世界が変わってしまったかのように。
 妙な胸騒ぎがして、殺されるかもしれないという切迫した状況でもなんとか声を出すことができた。
「なぁ、教えてくれよ。ここは、どこなんだ? 何県だ? 東京か? あいつ…惷鳴がしゅんこくとか言っていたけど」
「…なんだなにけんとは。とうきょうとはなんのことだ」
 ……あのさー。ここの人間のコンセプトはこれなんですか? いや、違うな。これは本気でわからないんだ。こんな切迫した状況で冗談を言うやつはそうそう居ない。じゃあなんだ? あのガキはともかくなぜこんな大人まで知らない?なんなんだここは? すでに東京だの何県だのという次元を超えている。
 何か嫌なものが体を駆け巡り、不思議と足元がふらついてどっ、と壁にもたれかかってしまった。この状況を俺の心が、体が拒否しているんだ。
 鷹闇は疑いの目で俺を凝視して、一瞬の隙も作らないようにしている。畜生、本来俺がこの状況を疑いたいのに、そうさせてもくれやしないんだな。
「わかった、とりあえずお前の質問には答える。だから殺すとか言うのはなしな」
 髪をかきあげて冷静を図る。ふん、女に刺されそうになった事もある立派な武勇伝の持ち主であるこの俺が、こんな事に揺るがされてたまるか。
「俺は多田時生。もうすぐ二十歳を迎える。東京在住の大学生だ。これでいいか?」
「正直に言わないと殺すと私は言ったはずだが」
 冷ややかな目で俺を見据え、鷹闇は腰に挿していた剣を抜こうと手を後ろに構える。あーそ−ですか。でも俺ももう我慢の限界ですから。
「正直に言ってんだろーがよ!! 俺だってわっかんねーんだよ! 女とイチャイチャした後にいつのまにかガキの部屋に紛れ込んでそんで逃げようとしたら下は崖で死に掛けてでも死んでなくてほっとしたらお前が来て殺す殺す殺す! いい加減にしろよ! そんなに疑わしいならさっさとこっから出してくれりゃ丸く治まるんだよっ!!!!!」
 自分でも頭に血が上るのがわかって、それに任せて一気にまくし立てる。殺されるとか死ぬとか、考える余裕がないほどに腹が立っていた。なぜ俺に理解できない事を言う? なぜ剣を持って俺を脅して殺そうとする? 自分で質問しておいてなぜ俺の話を聞こうとしない?
 俺はおよそ俺に対する全ての理不尽な扱いにたまらなく腹が立っていた。わけがわからなすぎて、怒りを奮い立たせるしか自己を保っていられなかった。
 鷹闇は目を丸くして凝固して、俺を見つめ続ける。しかし俺はもう、決めたぞ。この後こいつが切れて殺そうとしたとしても、絶対に逃げ切ってやる。何が何でも逃げ切って明日にはまたハッピーホリデーを迎えてやるっ!
わけもわからず殺されるなんて真っ平ゴメンだ!!
 しかし鷹闇は予想に反してぶすっとした面を作って構えた手を下げて、すっと手を伸ばし俺の寄りかかる壁の隣の襖を開けた。
「入れ、ひとまずここが貴様の部屋だ」
「……は?」
 鷹闇は思わず間抜け面になってしまった俺の顔を横目でぎろりとひと睨みし、ぐいっと引っ張って部屋の中に放り込んだ。
「貴様が何者かは今後じっくり見極めさせてもらう。不審な行動をとったら即刻切り捨てるからな、覚悟して置け」
 這い蹲る俺の背中にそう言うと鷹闇はぴしゃりと襖を閉め、俺を部屋の中一人きりにしてどこかへ去っていってしまった。

 逃げ切ろうと思ったのに、これだよ。部屋の中にぽつんと座り込み、俺は独り大きくため息をついた。

   

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