女国

3.鷹闇

「貴様……何者だ」
 耳をくすぐるハスキーボイス、人を見下すつり目の美人もこれまた着物を着ていた。ただ惷鳴のものよりもっと仰々しく堅苦しいもので、帯だの紐だのくくりつけられているけど下ははかまのようだった。やけに背が高く見えるが、きっと俺と並んだら同じくらいだろう。あ、俺っていい男だからもちろんタッパもあるから。ちなみに詳しく言うと182cmね、寂しくなったらいつでも俺を呼んで。
 ってそうじゃなくて……なんか、でかっ!女なのに、でかっ! ああ、だから妙に威圧感を感じたのか。片手で剣なんぞ握ってるとこからまずありえねぇ。大体剣なんか俺初めて見たぞ、マジで首切れるのね。
ってかどうすればいいの? さっきの体験も絶体絶命だけど今もだよねー。あーそうか、絶体絶命って絶対死ぬって意味だったのかー。あははー、俺って頭いいー。とかなんとかぼーっと考えてたら、見るも冷ややかな目で女が俺の首に突きつけている剣に力を入れた。
「何を笑っている。さっさと惷鳴様から離れろ、痴れ者が」
 うお、恐怖のあまり現実逃避してた。笑ってる場合じゃないな……。とりあえず状況が状況なのでよくわからないけど俺は今殺されかけてる。多分惷鳴から離されたら即刻首をはねられるだろう。かといって離れなくても殺されそうだし……うーん、どうしたものか。……仕方ない、一か八か。
 俺は横でぼーっと女を見つめる惷鳴の腰に手を回して俺のほうへと引っ張った。細くて軽いので簡単に俺の腕の中へとすっぽり収まる。
「あ、あの〜、とりあえずその剣、降ろしてくんない?さもないと惷鳴に悪戯しちゃおうかなあと」
「貴様ぁ……!」
 こわ! すっげぇ目が殺気立ってる! やべ、俺もう殺される。
 ってかなんで今の時代に剣とか持ってんの? なんで人に突きつけてんの? 立派な銃刀法違反に脅迫罪のおまけつきだよそれ。いや…現に俺も脅迫罪かぶっちゃうけど、正当防衛にしといてください。
 とりあえず、この状況を打破せねば。俺は顔を寄せて未だぼけっとしてる惷鳴の耳元に話しかけた。
「おい、おい。俺お前になんもしてないだろ、何とかしてくれよ」
「……なんだ?」
 なんかこいつおかしいぞ、心此処に非ずって感じだ。ちっ、自分でこの美人さん呼んどいてそりゃねーだろ。
「だからさ、なんとかしてくれって……こんなところで死にたくないっつの。…つっ!」
「黙れ。何が目的かは知らんが即刻死ね。惷鳴様、しばしのご辛抱を」
 けっけっ剣が食いこむっいてぇっ! 死ぬのかっ? 俺ここで殺されるのか!? ……あぁ、俺を待っているまだ手をつけてない数多の女の子達…先立つ不幸をお許しください。
 女が本格的に両手で剣を構えて俺に切っ先を向ける。逃げたいけれど背を向けた瞬間貫かれるに決まってる。もう死ぬ、と目を瞑って訪れる痛みに覚悟を決めかけたときだった。すっと惷鳴が俺の腕から抜けて、立ち上がったようだ。小さなぬくもりが離れる感触がしたから。
 思わず目を開けると、なんとも奇妙な光景があった。惷鳴は女の腰に腕を回して、胸に顔をうずめている。女はそれを片手で抱きとめて、剣は相変わらず俺に向けたままだ。
 不思議な事に、どうにもその構図が騎士と姫のようで、それでも美形二人が重なっていて本当に美しい光景だと感嘆してしまいそうな構図だった。そいつらの前で腰を抜かしてる俺はまるで阿呆だ。それを考えるとなんだか危機感というものが抜けてしまった。
 惷鳴の肩は震えていて、必死に女に抱きついている。…俺なんかした?
「鷹闇……」
「惷鳴様、大丈夫です。今排除しますので」
 女に抱きついたまま惷鳴はか細い声で名前を呼び、女はなだめるような口調でとんでもない事を言っている。排除って俺虫か? 何その今殺虫剤撒くから待ってて、見たいな穏やかな雰囲気。今ここに人知れず駆除される俺という名の虫がいるよー。今すぐ駆除されるよー。待ってて。
 ってそうじゃねぇえ! 何が待っててだよ何を待ってるんだよ! なんか状況は変わったけど俺どの道殺されるじゃん! しんじらんねぇ、いや…今のうちに逃げよう。
 そろそろと四つんばいになっていこうとしたけれども、やっぱり人生そうそう甘くない。ぴたりと首筋に、さっきの冷たい鋼鉄の感触。
「逃がすと思ったのか、愚か者め。惷鳴様に無礼を働いた罪、万死を持ってあがなえ」
 いやホントまじで勘弁して。死にたくないの、俺。生命のありがたみさっき知ったばっかりだから、俺。
「鷹闇。そいつは違う」
「…え?」
 ん? 惷鳴? の声がしたと思ってまた振り返ると、目の前に切っ先が。
「うっ、うをっ!」
 そりゃそうだよな、さっきまで首に当てられてたんだから振り向けばあるに決まってる。振り向けば奴がいる、これ知ってる奴何人いるんだろ。
 いや今はそんなことどうでもいい。我ながらバカだなーと後ずさりしつつ、剣の柄を見ると女の手を惷鳴が押さえていた。……こいつさっきから意味わかんないことばっかしてくれるよな。
 鷹闇と呼ばれた女が戸惑うように惷鳴を見下ろすと、惷鳴はくりっとこっちを向いた。だが目は、紅くはなく、普通に黒だった。夜風に吹かれて黒髪が揺れる。ガキなのに、やけに扇情的に見えた。
「トキオ」
「へっ?…な、なんだ?」
「私の妻になれ」
 ……………………っかしーな。耳悪くなったかな、俺。とりあえず体制を直して、惷鳴を見返す。
「……もっかい言ってくんない?」
「私の妻になれと言っている」
 えーと、俺の目の前にいるのは、すんげー綺麗なかわいこちゃん(死語)で、自称女だ。そして俺は生粋の男で女が大好きで、惷鳴にも俺は男だと教えた。………妻?
「は? 俺男なんですけど。逆だろ、夫だろ」
「おっととはなんだ?」
 出た。秘儀質問返し。作用:相手をいらいらさせる、意表を突く、隙を突く、アドレナリンを放出させる。って何こいつ、一体どうゆう教育受けてんだよ。爆弾発言をのたもうた惷鳴に俺は返す言葉もないほどに衝撃を受けていたが、それは俺に限った事じゃなかったようだ。
 女はしばらくの間呆けていたがすぐにぼとりと剣を落として惷鳴の肩をわしづかんだ。どうでもいい、いやよくないけど俺の股間近くに剣がぶすりと刺り、危うく不能まっしぐらになるとこだった。今迄で一番、怖かったです。しかしそんな事は本当にどうでもいいらしく、むしろ鼻にもかけていない様子で女は惷鳴を凝視している。
「惷鳴さまっ!何を申されるのです!あれは貴方様の命をっ」
「だから違うと言っているだろうが。私の勘違いだ。それに……」
 またちらりと、惷鳴が俺のほうを向く。ぶっちゃけもうほっといて欲しい。逃がして欲しい。
 でも俺はもう、逃げられないところまで来てしまっていたらしい。惷鳴は俺をじっと見つめる。何を考えているのか、その目からは読めない。そしてまたそのうす桃色の唇を開いた。
「トキオ、そなたはおとこと言ったな」
「…うん、まぁね。………?」
 おとこと惷鳴が言った途端、女の顔色が変わった。それを惷鳴も見逃さなかったらしく、今度は女の顔を見つめている。
「……鷹闇?」
「……惷鳴様、いけません。それはすぐに殺しましょう。殺さなくてはいけません」
 女の目がこっちに向いた途端俺の背中に戦慄が走った。先ほどとは比べ物にならない、完璧な殺意を秘めた目だった。とんでもない、こんな物騒な目を俺は見たことがない。首筋にじっとりと、いやな汗が伝う。俺は一体、何故こんな事になっているのかと、今更ながら不思議に思った。
 そして惷鳴はとことこと俺に近づき、ふわりと目の前に正座するとじっと俺の目を見つめた。こいつはいつでも人と話すとき目を真っ直ぐに見る。まるで気負いがない。
「トキオ」
 その小さな手が汗の滲む俺の手をぎゅっと握り、そしてまた呟いた。
「私の妻になり、おとこを教えてくれ」
……これってすげぇ矛盾発言だと、おもわねぇ?

   

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