女国

10.夢のような地獄

 ぼんやりする。視界が曖昧で、身体の感覚さえない。全て暗闇の中で、この空間全部が俺って感じだ。無限に広がる俺の闇の中で、ちっぽけな俺がいる。なんか矛盾しているけれどそんな感覚なんだ。
 妙に心地いいなーこの感覚…俺の存在以外何もいないから、全部開放されてる気がする。でも…なんか、あれ? 遠くで、いやだんだん近付いてくる、紅い光が。綺麗だけど異常に禍々しく感じる。
『時生君、禍々しいとは随分ね』
 おお、光が喋った。声を発するごとにバロメーターのように光がうねうね大小に伸びる。しっかしあれだな、結構艶っぽい声だ。美人だろ、あんた。
『ふふ、ありがとう。ごめんね、ここじゃ貴方が支配する精神体だから固有形態を取れないの』
 そっか、残念だな。顔が見たかった。
『きっとまた会えるわ』
 そうか、じゃ早く来いよ。待ってるから。
『ええ、近いうちに、ね』
 で、俺になんか用?あんた、誰?なんか聞いたことあるかもしんない、その声…
『私が誰かなんて、どうでもいいわ。とりあえずお礼を言いたくて。ごめんね、ありがとう』
 なんだよごめんねありがとうって。矛盾してるな…。ってか俺何もしてないよ。
『いいえ、もう始まったわ。これから貴方を中心に渦が広がるの』
ナニソレ、めくるめく波乱の予感? 勘弁してよ。
『だから謝ったでしょう。それにこれは私の勝手だけれど、貴方にとっても悪くはないはずよ』
…悪いよりは良いほうがいい。
『どうかしら、貴方次第だからね。期待してるわ、時生君』
何をだよ…俺に何をさせる気?
『もうだめね、時間切れ。また会える時を楽しみにしてるわ』
 おい、消えるな。待て、待てって。なんで、どうして、寂しいよ、行くな。もっと、もっと………


「トキオ様!」
「うを!?」
 がくがくと、揺さぶられた。いやもう揺さぶられてるとかじゃなくて魂揺さぶられた…ってか
「なんで首絞めてんのおおお!?ぐええええ!」
 めきめきいってる!これめきめきいってるよ俺の首ってか骨! 巫女さんみたいなカッコの可愛い女の子が般若になって俺を絞め殺そうとしてる! ひいいいい!いつからこんなホラー展開にっ!
「ゲホッ…っ…!!…はなせっよ!」
 あまりに怖くてどん、と突き飛ばしてしまった。うわわわわ、なんかべちゃりと潰れたっ床に!
「ごめっ!おい大丈夫か?」
 慌てて抱き起こすと、先程の般若とは思えないほど柔らかい表情でにひゃりと笑った。…ちょっとアホっぽいなこの子。

「だ、大丈夫でございます。申し訳ございません…トキオ様がうなされていらっしゃいましたので、これは至急起して差し上げなければと思いまして…」
 慌てて頭を下げて這い蹲るので、俺も慌ててしまった。ってか起こすにも方法があんだろうがよ…破壊願望でも渦巻いてんの?この子の深層心理。
「いや、頭上げてよ…。うん、まぁ…うなされてたの起こしてくれたのは嬉しいんだけど…首絞めてたから俺うなされたんじゃ」
「いえっ!絞める小一時間前からうなされてましたわ!」
「じゃもっと早くに起こせええ!お前実は俺の苦しむ様見て殺意助長されたんだろ!実は殺す気だったんだろ!」
「とっ、とんでもございませんっ!私としましてはトキオ様の苦しむお姿に耐え切れなくてもういっそのこと楽にして差し上げようと」
「同じじゃボケェエエ!」
 なんなのおお!? この子! どっかの誰かさん並に危険! 危険な香りがプンップンする! 言葉の端々に殺気を感じる! 顔可愛いのにドス黒い願望渦巻いてるよ…ってか、この子見たことあるような?
「…なぁ、今朝、居なかった?着替えのとき」
 聞くと女の子は顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「ええ、居りましたわ。御召し変えのお手伝いをさせていただきました、水城みずきと申します」
 ははぁ、あのきゃあきゃあ騒いでた中の一人だな。あれは地獄的体験だったが転んでもただでは起きないよ、俺も。全員の顔はインプットしてあるのだ。水城ちゃんね…ブラックリストに入れておこう…。
「で、水城ちゃんは、俺に何の用なの?」
 水城ちゃんは畏まって三つ指つくと、ゆっくりと頭を下げて口上を並べた。
「そろそろ夕餉の刻にございますので、その前にトキオ様にはこの水城が湯浴みにご案内させていただきます」
「…湯浴み」
「ええ!では参りましょうっトキオ様っ!」
 ぐいぐいと水城ちゃんに引っ張られて、俺も立ち上がった。夕餉の刻かぁ…寝てる間にもうそんな時間になったのか。水城ちゃんに引っ張られて部屋を出る前にちらりと見ると、確かに部屋の中は薄暗くて、外側の障子からは霞んだ夕日が静かに部屋を照らしていた。つくづく殺風景な部屋だ。
 うんん、そういえば…うなされてたっていってたけど、俺なんの夢見てたんだろう。思い出せそうで思い出せない。どうやら起きぬけに受けた水城ちゃんの絞めワザで記憶が抜け落ちてしまったようだ。
 まぁ、いいか。…うなされるくらいなんだからどうせ大した夢じゃないだろ。


「さぁ、こちらでございますっ」
 俺たちは部屋を出てからお約束の延々と続く廊下を歩き続け、紆余曲折を経てきらきらと金銀細工に輝く暖簾の滴る戸口の前でぴたりと止まった。水城ちゃんは自慢げにばっと手を広げて、馬鹿でかい湯殿を披露する。…いちいちテンションたけー…この子。
 しかし…その暖簾を潜ると確かにその誇らしげな態度にも、納得できた。その前にお前の湯殿じゃねーだろと突っ込ませてもらうけどな。
 ご自慢の湯殿は、もやがかかっていてよく見えないが、多分奥行10m以上はあるだろう。ど真ん中に石で作られた湯船があって、屋根がかかってはいるが手前には空が覗いていて半露天風呂って感じだ。もう日は落ちていたので満天の星空が覗いている。
 おおーすげぇ、こんな広い風呂入ったことない。銭湯だって俺は行った事ないもんね。なんか作りが絶景醸しだしてて良い感じだ。
 しかし、こりゃーカップル向けだなぁ…なんて悠長な事を考えている俺は甘かった。すこぶる甘かった。見事な風呂に見とれていると、もやの中からすすすすす、と何かが近付いてきたのだ。目を凝らすと、白い着物を着たちょっと大人なお姉さん軍団だった。…嫌な予感がする。俺はその予感に忠実になり、くるりと方向転換して湯殿を出ようと振り返った。が、目の前には水城ちゃんと…明宝さんがにこにこと黒い笑みを浮かべて、立ちはだかっていた。
 明宝さんも今朝とは違って白い着物一着のみだ。結い上げられていた長い髪も一つに纏められているだけで、いたってシンプルなスタイル。しかしどうにも凹凸のある身体は息を呑むほど豊満で…情けなくもそのフェロモンにかかって、止まってしまった。だってすっげぇ色っぽいんだもん!怖いけど色っぽかったの!男の性なの!見ていたかったの!そしてそんな哀しい俺を知ってか知らずか妖艶な笑みを浮かべて、明宝さんは紅く艶やかな唇を開いた。
「トキオ様。私どもがお湯浴み、お手伝いさせていただきます」
 ひいいいいい…やっぱり。待って、おいしいよ? 確かにこの展開はおいしいよ?だけどちょっとまずい、これはまずい。
 男なら誰だって反応しちまうってこんなんじゃ。で、丸裸に超反応を示す俺を見られるわけよ?このお姉さん方に!無理!無理!平気な顔できない!
ちょっと、待て、なんか想像が膨らむっ!青少年ならば俺の気持ちをわかってくれるはずだっ、辛いっ辛いぞこれは!
「ま、ちょっと、いいです。自分で洗いますからっ!」
 ぶんぶんと手を振る俺に向かって、いつの間にか着替えた水城ちゃんが気の抜ける笑顔を浮かべて見上げてきた。
「大丈夫ですわトキオさまっ!隅から隅まで洗って差し上げますっ!」
 黙ってろテメーはッ!余計に妄想膨らんだじゃねーかっ! うーぁ、勘弁してくれぇえ。思わず頭を抱えてうずくまると、上から明宝さんの悩ましいため息が聞こえてきた。そんなため息も色っぽく聞こえるのは俺の節操なしな欲望のせいか?
「…トキオ様、何故そのように拒まれるのですか」
「はぁあぁぁあ…………男だからに決まってんじゃん…」
 こくりと、息を呑む音が聞こえた。見上げると明宝さんは、見るも真っ青な表情に変わっていた。

   

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