くなさの

10.久那と浅野さんのタルト

 はてさてご愛嬌。皆さんもご存知、この北城久那は、大の甘いもの好きであります。ついでに言うと趣味はガーデニング、親友は植物と人間半々ってとこ。
 こんな普通の女子高生の久那でありますが、誰もご存知でない秘密が一つだけ、あったりします。そうです、そうなんです。自分で言うのもなんですけどね、自分で言うしかないんで言っちゃいますけどね、久那って意外と、アレなんです。そうそう、アレアレ、アレデスヨ奥さん。
 ま、け、ず、ぎ、ら、い。
 そう、負けず嫌い。負けたままとあっちゃあ女が廃るってもんよ。ねえ、そう思うでしょ。久那はね、だからね、決めたのです。決めちゃったのですよ。

「決めちゃったじゃねえよ、この馬鹿!」
 あう。なんて剣幕なの、奏貴。この間から、磨きがかかったんじゃあないだろうか。これは久那もおいそれとのほほんしてられませんぜ、旦那。旦那もいないのに、呟いてみる。
「おい、久那!」
「はひ」
「いい加減にしろよお前! 人に散々心配かけといて、なんだそれ? 冗談じゃねえよ!」
「そうだよ久那! あたしも反対だからね!」
 あらら奏那もご立腹。美人さんは怒った顔も綺麗だねえ、なんて言ってみても通用しない。ああ、前は顔を赤くして照れちゃっていたのに。ちょっと久那、寂しいよ。ホロリと泣きまねをしてみても、奏貴と奏那には通用しなかった。こりゃあ鉄壁だあ。
「うーんと、久那、もう決めちゃったし」
『だ、め!』
 まあなんてシンクロ。そしてデジャヴ。いいねいいね、これがあってこそだね。
 余裕かましてにへにへ笑ってると、奏貴に肩を掴まれて揺さぶられた。あ。久那、赤べこ、デジャヴ、ヴ、ヴ、ヴ。
「頼むから目を覚ましてくれよ久那〜。あいつに洗脳されたか?そうなのか?そうなんだろ?」
「せんのう……」
「知らない振りしないの!あたし達お見通しなんだからね、久那!」
 ちぇ、ばれたか。そっぽを向いたら余計に怒鳴られる。最近みんな、怒ってばっかり。おかしいなあ。ちょっと前までゆるゆるなくらい優しかったのに。あの頃が懐かしいよ。
「久那、ちゃんと聞けよ。無視するな」
「うん、聞いてるってば」
「じゃあなんでだよ。俺達が心配するの解ってて、それでもか? それよりも、大事なことなのか?」
 揺さぶりが止まった。真剣な顔、してるね奏貴。奏那も、真剣だね。でもね、久那だって負けないよ。久那だって同じくらい真剣なの。本気で考えて、久那は決めたんだよ。だから誰にも止められないし、止めてもらいたくない。出来れば応援して、貰いたい。
「久那、頑張るよ。今度はちゃんと、頑張れる。嘘じゃない」
 奏貴と、奏那の手を取って、ぎゅって合わさるように、両手で握った。二人がいれば、久那は大丈夫なんだよ。ね。
 にこにこ笑って手を握っていると、二人の手から力が抜ける。仕方ないなって、苦笑して。久那はね、知ってるの。二人が久那のお願いに弱いんだって。ずるくてごめんね。久那、頑張るね。いっぱいいっぱい、頑張るね。


 杉村さんの運転は、無理せず無茶せずゆっくりしっかり安全運転。そんな杉村さんの隣りでお話をするのが、久那は大好きだ。そして今日、やっと杉村さんにも久那の決意を伝えた。『怒る?』って聞いたら、杉村さんはにこにこ笑って首を横に振った。
 車から降りる時に貰ったキャラメルは二つ。まるで杉村さんからのエールのようで、すぐに食べるのがもったいなくてポケットに入れた。一つは久那の為に、とっておく。もう一つは。
「ん、よし」
高い高い塔のてっぺんを目指して。さあ、久那は行くよ!


 久那はね、沢山考えたの。今までに無いくらい沢山考えた。
 どうしてお父さんとお母さんは久那と浅野さんを結婚させたのか。どうして浅野さんは久那と結婚したのか。そうして一緒に住んでるくせに、実は婚姻届を出していなかったのか。久那から杉村さんや、色んなものを引き剥がしてまで、浅野さんは何をしたかったのか。久那に全部返すって、悪いって、どういうことだろうか。
 いろんな事を考えて、それでもそれは違う色の毛糸をごちゃ混ぜにしているみたいにめちゃくちゃでこんがらがっていて、考え切れなかった。
 だから久那はね、考えずに、久那に聞いてみた。久那の中の、本当の久那に聞いてみた。久那は、何を望んでいるのって。最初から、解りきっていたことだったんだね。久那の中の久那は即答した。ううん、ずっと、そう叫んでいた。
 久那の中の久那が大好きなもの。その為に、久那はあんなに一生懸命頑張れた。久那は、浅野さんのタルトが大好き。結婚も、浅野さんの事も、お父さんやお母さんの事も、それに比べればとっても小さな問題。久那は浅野さんのタルトが大好き。それだけの事を頑張るのに、どうして疑問がいるの?
 久那はすぐに決意した。愛しい愛しい、浅野さんのタルトの為に。

 叔父さんの出した条件は三つ。
 一つ目は、何をしたのか何があったのか何を話したのか、とにかく事前事中事後逐一報告すること。ほうれんそう、だって。その為に携帯電話を貰ったんだけど、久那、使いみち解らない。解らないのに叔父さんが意味のないメールを毎日送ってくるから、たまに奏貴や奏那に代わりに返事してもらっている。どんな返事をしているやら、考えたくない。
 二つ目は、お泊りは当然、ナシ! だって。言語道断横断歩道なんだって。古すぎて久那には解らないギャグ。
 三つ目は、送り迎えは杉村さんがすること、だって。なんでだろうね。その事を話したら、杉村さんはいつものにこにこ顔なのにどこか妙に迫力が増していて、俄然張り切っているみたいだった。
 なんだかな。二つ目と三つ目は、約束する意味あるのかな。久那、別にお泊りに行きたいわけじゃないし、送り迎えは今までだって杉村さんだったでしょ。でもちょっと引っかかることがあるんだけどね。どうも杉村さんと叔父さんは横に繋がりがあるみたいで、ちょっと怖い。何を企んでるんだか。怖いから、聞きたくないけどね。
 そして婚姻届は叔父さんが預かっている。子供にはまだ早い!って叔父さんに取り上げられてしまった。ちょっと眼が何かの思いで煮えたぎっているような気がしたけど、やっぱり気のせいかな。気のせいにしておきたい。

 はてさて、何はともあれご到着。エレベーターでチンしただけのお手軽冒険だったけどね。見覚えのある扉を前にして、久那は深呼吸する。
 よし。さあ、ラスボス退治に、出陣だ!
「ぽちっとな」
 インターホンを押して、数秒待った。どだんと奥で大きな音がして、暫くしてから扉がゆっくり開く。きっと浅野さんは眉間に皺を寄せてるね。表情だって予想がつくよ。だから久那はね、なんて言おうか決めてるんだ。
 ホラ、浅野さんが顔を出す。
 いち、にの、さん。
「たると!」
ニッコリ笑って、大好きなデザートの名前を呼んだ。

fin.

☆おまけ☆

「たると! たると! たると!」
「煩い。まずうがいと手洗い!話はそれからだ」
 憮然と言い切る浅野さんは、前とちっとも変わっていない。別にいいけどね。お邪魔しますと中に入ると、玄関には既に久那のウサギスリッパが用意されていた。それを当然のように履いて、久那は洗面所に向う。これぞ、勝手知ったる他人の家。
 手を洗いながら、久那は嗅覚をふんふん研ぎ澄ます。するぞするぞ、甘い匂い。久那のだーい好きなタルトちゃんに、今度こそ逢えるんだ!うきうきわくわくうがいを済ませて、リビングに飛び込んだ。
「わぁーおっ」
 た、る、と、ちゃ、ん!
 テーブルの上には、浅野さん特製のタルトと、久那好みのミルクが置いてあった。
 あれ、あれれ。でも、でもね。なんで久那の特等席に、浅野さんが座っているの?暫く入り口で様子を伺っていると、浅野さんはぶすっとした表情のまま久那を睨んだ。
「何をしてる。早く来い」
 来いって、言われても。久那の特等席に座ってるのは浅野さんじゃん。それでも愛しい愛しいタルトちゃんが待っている。しぶしぶ久那もリビングに入って、座った。浅野さんの特等席の方に。
「おい」
 さもつっこみかのようなタイミングで浅野さんが声を上げた。
 なに?なんか文句ある?食べた後に聞くけどね。久那の特等席側、もとい浅野さん側にあるタルトとミルクを久那のほうに引き寄せようとした。が、それを阻止される。
 浅野さん、何なの。久那、タルトちゃんに夢中なの。
「こっちで食えと言ってるんだ」
「食べれないじゃん。浅野さんが久那の特等席取ってるんだから」
「だから……っ」
 何か、言いにくそうにもごもご呟いている。浅野さんにしては煮え切らない。かといって、タルトとミルクを渡してくれない。
 もうなんなんだよー。ちょっと久那も食べたくて苛々しかけたころ、浅野さんは妙に拗ねた口ぶりで呟いた。
「……俺の、膝の上で食えばいいだろう」
 ぞわわ。
 それを聞いた時の久那ったら、全身の毛という毛が逆立った感じ。
 なんて事言うんだ、浅野さん。久那。心臓ひっくり返りそうになったよ。固まっていると、浅野さんが勢いよく立ち上がる。く、久那のほうに来る。いやっ、なにっ、こないでっ。
「いやっいーやー。なに!」
「お前が動かないから俺が動いてやったんだろうが!」
「いーやーだー。どんたっちみー!」
 意味解んない何なの突然!ちょっと気持ち悪いよ浅野さん!
 向ってくる手をハエ叩きの如くばちばち払い落とすと、ますます浅野さんの逆鱗に触れてしまったようだ。隙を突いて強引に持ち上げられて、そのまま浅野さんは久那を抱えて自分の特等席に収まった。なになになんなの、座ってもいいけど久那は離してよっ。
「はーなーしーてー」
「騒ぐなっタルト食わしてやらないぞ!」
 むぐ。そう言われては、止まるしか、無いではないか。大人しくすると、浅野さんは久那を膝の間において、逃げないようにがっちり腰に腕を廻してきた。あーやだやだ。げんなりしながら、タルトのお皿を引き寄せた。
「……なんかお前、やけに聞き分けがいいな」
 怪訝そうに浅野さんが呟く。
 まあね、慣れてるもん。浅野さんのしてること、叔父さんと一緒。久那を食べ物で釣るんだね。そういう人なんだね。あーやだやだ。釣られる自分の事は、黙認だけどね。
 そんな事よりタルトタルト。ああ、この艶々感といい、色鮮やかなフルーツ盛りだくさんに、程よい甘さのクリーム。さくさくしっとりのクッキー生地。幸せだなあ、美味しいなあ。浅野さんの腕の中というのは抜きにして、久那は幸せ絶頂を謳歌した。
「うまいか」
「うん!」
「……そっか」
 久那の頭をなでなで、満足そうに浅野さんが呟いた。
 久那もね、満足だよ。浅野さんのタルト、だーい好き。


「おじさんおじさんおじさんおじさんおじさんおじさん」
「このガキ! 待て!」
「やだ。こないで。あっち行って触んないで半径五メートル以内に近寄らないで」
「なんだとっ、こっち来い久那! オイ、このっ、ちょこまか逃げるな!」
 リビングの中でどたばた鬼ごっこ。久那が浅野さんの事、叔父さんと一緒だって言ったら何を勘違いしたのか怒り出した。ううん、勘違いでなくとも怒ったのかな。どっちでもいいよ。
 でもね叔父さん、一つだけ、叔父さんの言ってた事が大当たり。久那と浅野さんの相性はホラこの通り、最悪なの。コリャ結婚なんて無理だね。
 テーブル越しに息をまく浅野さんに罵詈雑言を浴びせながら、久那は確信した。

The end.

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