極彩色伝

不思議の国のイルちゃん〜前編〜

「きょっおのごっはんっはなーぁにかなーぁ♪」

 るんたるんたと軽快なスキップでイルちゃんは森を散策しておりました。今は夕ご飯のためのきのこ狩り中なのですが、かごの中にはどっさりと色とりどりの(それはもう蛍光色だかどどめ色だかのきのこもちらほらと混じっています。)きのこが入っていて、後は家に帰ってラウに作ってもらうだけでした。
 しかしイルちゃん、楽しそうに見えますが実は迷子です。さっきからぐるぐると同じところを回っていますが、そんな事にも気付かず夕ご飯を思い浮かべてにこにことご機嫌です。
 しかしやっぱり人間体力の限界というものがあります。調子に乗ってスキップもしていたので、すぐにとぼとぼと歩き始めて、とうとうへたりと座り込んでしまいました。

「お腹減った。…このきのこ一個食べてもいいかな?」

 イルちゃんはかごの中のひと際大きなきのこを取り出して呟きました。小さいのでなく大きいのを選ぶなんて抜け目ないですね、イルちゃん。そのきのこは真っ白なきのこでしたが、あらら…よーくみると何か書いてありますね。

《Fulfilling the dream when it eats me!》

「………日本人なら日本語喋れ」

 生粋日本人のイルちゃんに英語なんか読めるわけがありません。あんまり腹が立ったので一口でそれを食べてしまいました。

「んぐんぐ、意外とおいしいような油性マジックの風味がするような…?」

 それはそうですね、あの文字見たまんまマジックで書いてありましたから。それにも気付かず食べるとは、やっぱりイルちゃん大物です。さて、一応何か食べて元気は湧いたのですから早くラウの元へと…あらら?イルちゃん?イルちゃーん。どうやら、お腹が膨れて眠ってしまったようです…。




「……お嬢さん、お嬢さん。こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」

「んぅ?…うー…う、お腹減った…あっ!ラウのごはんっ!」

 木にもたれかかって眠りこけていたイルちゃんは誰かの声で、いえお腹があまりにすきすぎて目を覚ましました。きょろきょろと辺りを見回してかごをみつけると、ほっと胸を撫で下ろします。

「あのーお嬢さん?」

「へっ?………おお、これはこれは立派なウサギ耳」

 感心するイルちゃんの目の前には、ぴょこんと銀色の耳を立たせた綺麗な青年がいました。かがみこんでイルちゃんを不思議そうに見つめています。なんでしょう、タキシードに身を包み銀の懐中時計なんか首からぶら下げて、しゃれたウサギですこと。
 イルちゃんは不思議なウサギをじーっと見つめました。ウサギさん、ちょっとたじろいじゃってます。しかしまた意を決したようにイルちゃんに話しかけました。

「あ、あのお嬢さん?」

「へっ?なんでしょうウサギさん。」

 イルちゃんが正気に戻ったようなのでウサギさんは安心したように片耳ぱたりと降ろしました。なんだか可愛いですね。ウサギさんはイルちゃんに手を差し伸べて立たせてあげました。

「こんなところにいたら狼に食べられてしまいますよ」

「それはむしろこっちの台詞じゃあ…」

 そうですね、なんたってウサギですもん。でもウサギさんはにっこり笑って首を振りました。

「私は大丈夫ですよ、なんたってウサギの王子ですから」

「へー…そうなの。よくわかんないけど」

 イルちゃん、すっごくお腹がすいているのでそんな事はどうでもいいようです。ぐぎゅるるるーとお腹がなって、とうとう顔をゆがませて目じりに涙を浮かべました。それを見たウサギさん、びっくりして大慌てです。

「おっ、お嬢さんっ!どうしました!?」

「お腹が減ったの。きのこじゃ足りないよう…」

 イルちゃんがうなだれているとウサギさん、ちらりと懐中時計に目をやってにっこりと微笑みました。

「それなら大丈夫!これからお城でパーティがあるから、沢山食べさせてあげよう」

「ほんとっ!?」

 イルちゃんはぱっと目を輝かせてウサギさんの手を握りました。あーぁ、寄り道なんかして、ラウに怒られても知らないから。
 イルちゃんが乗り気なのを見て取ると、ウサギの王子様はイルちゃんを持ち上げてお姫様抱っこしました。

「ひょっ、え?うわうわうわ?何すんの?」

「今からお城へ行くんだ。ひとっ飛びだから、目を瞑ってて」

 ウサギさんはそういうや否やとっとと助走をつけるようにぽんぽんと軽く走り始めたため、イルちゃんは思わず目を瞑りました。そしてふわっと体が軽くなったと思ったら…?いきなりどさっと落っこちてしまいました。思いっきり腰を打ったのでさすさすとさすりながらイルちゃんは立ち上がります。
 どうやらここは―――芝生の上のようです。目の前にはお城の城壁のようなものがあって、あのウサギはどこにもいません。まったく、人を連れてきておいて先にパーティに行くとは何事かと、イルちゃんはぷんぷん歩き始めました。
 城壁を伝って歩いていくと、誰かが城壁に向かって嬉しそうに何かをしています。パーティはもう始まっているのか、ウサギさんはどこなのか、聞こうと思ってイルちゃんは近づいていきました。

「あのーすいません、ちょっとお尋ねしたい事が」

「ん?」

 振り返ったその人は、これまたぴょこんと金色の猫耳が映えていました。目が鋭くて、とっても怖いライオンのようです。イルちゃんは思わず後ずさりしました。

「…うっ、うう!食べないでっ!」

 あんまりにも怖かったので、イルちゃんはウサギの言っていた狼はこの人なのだと思いました。しかしネコさんはふん、と皮肉交じりに鼻で笑うと、また城壁に向かいました。

「私が人なんぞ食べるわけがありません」

 ちょっとだけすねたように一言呟いて、またせっせと何かをし始めました。なんだか筆のようなもので、何かを描いているようです。イルちゃん、怖いのも忘れて何を描いているのか覗き込みました。

「………これは、えーと…アンテナのついたビーバー?」

 その絵はなんとも言えず奇抜で、正直何が描いてあるのかイルちゃんにはわかりませんでした。ネコさんはじろりとイルさんを睨むと、またふんと言いました。

「…この芸術がわからないんですか、審美眼のない人ですね。これはウサギの王子様です」

「えぇっ!?これがっ?」

 それはちょっとないんじゃあないかとイルちゃんは思いましたが、黙っておく事にしました。もう睨まれたくありませんから。でもこんな城壁に絵なんか描いちゃって、いいんでしょうか?

「ネコさん、なんでそこに絵を描いてるの?」

「そこにキャンパスがあるから。そこに板があるから。そこに城壁があるから!」

 ネコさんは力いっぱい筆を握り締めて恍惚とした表情で答えました。イルちゃん、ちょっとだけ面食らってしまいました。
 聞きたいのはそんな事じゃないのに、ネコさんはますますやる気を出したようでへたくそな絵を(もうイルちゃんはこれを下手だと認識しました。)描き続けます。イルちゃんは負けじとまた聞きました。

「そうじゃなくて、描いている理由をっ」

「理由?そんなものはないですよ。強いて言うなら世の中の人々が私の美しい作品を今か今かと待ち望んでいるからです」

 これでは埒が明きません。なぜ城壁に描いているのか、と聞いているのに。
 もうそんな事は気にせずにウサギさんの居場所を聞くことにしました。だってもう、お腹のすき具合がピークに達しそうだからです。

「ネコさん、ウサギさん知らない?」

「ウサギの王子様ならここにいるではありませんか。最高の芸術として…!」

 ネコさんはますます自分の絵に酔いしれて、うっとりとしながら絵を塗りたくっています。もうこれは話が通じないなと、イルちゃんはようやく理解してまた城壁を伝って歩いていきました。
 足の裏がじんじんとしてきた頃、ようやくお城の門が見えました。イルちゃんは嬉々としてそこに入ろうと足を踏み入れましたが、何かにぶつかってしまいました。

「ぶっ、なんだー?」

「ん?誰だ?お前は」

 なんとまあ目の前には真っ赤なとがった耳の、大きな大きな狼さんがいました。でも頭の上に立派な冠を乗っけています。どうしたものかとイルちゃんがどぎまぎしていると、狼さんが先に口を開きました。

「どうした?迷子か?」

「…え、えと…あの、パーティのお腹がすいてご馳走がウサギさんで狼さんに食べられちゃうぅ…。」

 イルちゃん、ものすごく支離滅裂ですね。お腹がすいたやら狼さんが目の前にいることやらさっきのネコさんのどへたくそな絵を見たショックやらで大分混乱しているようです。
 狼さんはきょとんとしていましたが、またもくるるると鳴ったイルちゃんのお腹の音に、くすくすと笑い始めました。

「お前、腹が減っているのだな。よし、美味しいものを沢山食べさせてやる」

「えっ!」

 そういうと狼さんはイルちゃんの肩を抱いてそのままお城の中へと入っていきました。でもイルちゃんはやっとお腹いっぱい食べれるという事で頭がいっぱいで目はきらきらと輝いています。その時はもう、狼は狼だという事を忘れていたのです。




「ぅあ〜っ!おいしいおいしいおいしいよう!」

「そうか、気が済むまで食べるがいいさ」

 イルちゃんは狼さんに連れられて、大きな広間の上座の席でもがもがとおいし〜い料理をほおばっていました。その広間にはいろんな人がわんさかいて、仮面をかぶった人やテンガロハットのナイスミドル、あでやかなボンバーボディなどまさに十人十色の人の山でした。
 狼さんはにこにことイルちゃんを眺めています。しかしどうにも、さわやかに見えませんね。イルちゃん、気をつけて!

「おいしいおいしいおいしいよう!」

 …だめですねこれは。もう美味しい食べ物に目がくらんで周りが見えていません。イルちゃんが夢中になってお肉をほおばっていると、いきなりファンファーレが鳴り始めました。その音にびっくりしてイルちゃんは飛び上がりましたが、お肉だけは落としませんでした。
 そして広間がしーんとなると狼さんがすっと立ち上がり、お肉をほおばるイルちゃんの腰に手を据えて大きく叫びました。

「今宵は俺の花嫁選抜パーティによく集まってくれた!」

 …ん?花嫁選抜パーティ?さっそく怪しい雲行きになってきましたが、イルちゃんはお肉の美味しさにうっとりしています。ああもう、どうしましょう。

「早速だが花嫁が決まった」

 狼さんがご満悦の表情でのたもうた言葉に広間の皆さんはざわざわとざわめき始めました。それはそうです。だってパーティは始まったばかりなのに、もう決まってしまったと言うんですから。
 若い娘さんやさっきのボンバーボディはハンカチを食いしばっています。…ナイスミドルまで傷ついたように泣き崩れているのは見なかったことにしましょう。
 イルちゃんは人事のようにもぐもぐ口を動かしてそれを眺めていました。あーぁ、普通はここまできたら気付くのに。狼さんはにやりと笑ってイルちゃんをずいっと前に押し出しました。

「この者が私の妃となる!明日は結婚式だ!」

 ごきゅりと、ものすごい音を立ててイルちゃんはお肉を飲み込みました。

  

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