極彩色伝

28.見るもの見えるもの

 空は快晴見るもすがすがしく、時間と共にゆっくりと雲が流れていく。朝の清く心地の良い空気の中で背伸びをしてめいっぱい手を伸ばすと、たたたたたと小刻みに何かが近づいてくる気配がした。
 何事かと振り向いた瞬間。

「らーうーっ!大好きだぁっ!」

「わっ!」

 ラウロランナの姿をいち早く見つけた色が軽やかに飛びついてきた。いきなりの事にラウロランナは色を抱きとめきれずに、地面に二人共々倒れてしまう。
 ふわっと草の香りがわきたってラウロランナの香りと共に色の鼻腔に届いて、かみ締めるように色は目を細めた。

「イル?ど、どうしました?」

 ラウロランナは目を瞬かせて色を見つめて、色はにっこりと無邪気に微笑んだ。

「んーん。おはよう!今日の朝ご飯は野菜が食べたいなーと思って!」

 ラウロランナは小首を傾げつつも色を持ち上げて立たせて、自分もすくっと立ち上がると草をはらって腕をまくった。

「それでは早速ご用意いたしますね、しばらくお待ちください」

「うん!」

 昨日の夜のぼろぼろだった泣き顔はどこへやら、色は太陽の輝きにも負けないほどの満面の笑みでラウロランナに返した。




「おーぉー。『大好きだ』だとよ、ラミストぼっちゃん」

 ダルガはあくびをかみ締めながら、ラウロランナにちょこちょことついて回る色を眺めて呟いた。
 昨日の夜は遅くまで騒がしかったため、あまり寝ていないのだ。それは横に座るラミストとアナトも同じ事で、夜更かしの発端のはずの色がなぜか一番快眠していたのだった。
 ラミストもやや疲れた表情になっていたのだが、アナトはというと飄々としてお茶をすすっている。まるで早起きの第一人者、ご老人のようなたたずまいだ。ラミストはアナトをちらりと見てからまた色に目を戻した。

「よかったですよ、昨日のことは引きずってないみたいですし」

「…お前な。突っ込みくらいできるようになれ…」

「は?」

「…いやなんでもない」

 ダルガの発言にラミストが首を捻っていると、色が小走りでこちらに近づいてきた。ラミストの隣の椅子に腰掛けると、いつに無くまじめな顔つきですっと手を上げた。
 3人はみな同様に顔を見合わせてから、色の上げた手を見つめる。みな何も言わずに色の高々と上げられた手を見つめているとぷるぷると震えてきたので、汗を浮かべてラミストが口を開いた。

「イ、イル…なんの遊びだ?」

「は、発言してもよろしいでしょぉか…」

 手を上げ続けるのがつらいのか色は耐えるように目をつぶって答え、ラミストたちは慌ててこくこくと頷いた。色は手を下ろしてしびれたのだろうかすりすりとさすりつつ、3人を見回した。
 色以外全員が、今の行動に何の意味があったのか聞きたい欲求にかられた。そんな彼らの思いなどいざ知らず、色は依然真面目な表情でラミストにちらりと目を留めた。

「あのですね、あたし決意しました!」

「「「何を?」」」

 声をそろえて聞き返されて色は一瞬たじろいだが、またすぐに己の決意の固さを目に宿してはるか彼方、どこまでも青く澄み切った空を見つめた。

「ラミスト様あたしに戦いとかをさ、見なくていいって言ったよね」

「…ああ」

 色の意図が読もうとラミストは色の横顔を注意深く見つめ続ける。その心中にはまだなにかしこりが残っているのだろうか、自分はまだ色の何かを見落としているのではないかという疑念が渦巻いており、それはアナトとダルガも同じように感じていた。
 しかし彼らの考えは杞憂に過ぎなかったようだ。色はその折れそうなほど小さく細い指を絡ませて、それを見つめた。その目はひどく穏やかで、しかし内に秘める何かの力が宿っていた。

「あたし見ることにした。目を、そらさない事にした」

「……なぜ」

「え?」

「何故ですか?それになんの意味が、あるのですか?」

 珍しくアナトが口を挟んだ。その表情にはいつもの通り変化があまり見られないが、口調はややきつめに聞こえるものだった。
 アナトは色の言葉の示す意味に少しだけ、抵抗感を抱いたのだ。それは自分や周りがこれから行うであろう事を色が見るということで、なぜだかそれを見られたくないと感じていた。
 しかし色はアナトを少しだけ悲哀を抱いた目で捉えて、また自分の指に目を戻した。
 アナトの胸のうちがざわざわと揺らいでいく。

「あたしが行くって言い出したんだからそれを認めて見続けなければずるいでしょ?ちゃんとそれを目に焼き付けて受け止めて、理解したい。この遠征の意味をあたしが判ろうとしなきゃ無責任だよ」

「…貴方が思うほど生易しいものではありません。目をそらせる事を許されているのですから素直に甘えるべきです」

 アナトの隠そうともしない冷たい目線と声が、容赦なく色を貫く。風がなんだか冷たくなった気がした。しかしラミストとダルガは何も言わない。それはどんなに冷たくても確かな事実であり、人のことに心を痛める色にそれを受け止めきれるわけが無いという事を、知っていたからだった。
 色はアナトの冷ややかな態度への急変に少しだけ傷ついたような表情を浮かべたが、すぐにきっとアナトを見返した。

「アナトがどう言ってもあたしがんばるよ!ちゃんと知らなきゃ、なにもわからない。知ろうとしなきゃ、卑怯だ」

 必死に言い募ろうとする色の言葉にアナトは何も返そうとせず静かに席を立って、そこを離れてしまう。
 そんなにいけないことを言ってしまったのだろうかと不安げに去っていくアナトの後姿を見つめていると、慰めるようにダルガが色の頭をぽんぽんと叩いた。

「アナトは誰よりも知ってるのだ。人の残酷な面をな。あれが一番残酷で、冷徹な面を抱えているからだ。イル、お前にそれが抱えきれない事も知ってる。お前以上にな」

 そう言われては色はもう何も言う事ができなくなってしまった。自分が知らない面をアナトが知っていて、いや、おそらくダルガやラミストも知っていて、自分は知らないまま口だけで決意を唱えている。それがとてつもなく薄っぺらで信用に足りないものだということをその瞬間感じて、口をつぐんでしまった。
 別にラミストもダルガも色の気持ちがわからないわけではない。ただそんな決意を持ってしまって後から苦しむのは色なのだ。そんなものは抱え込ませたくないから、アナトだってああ言った。
 否定も肯定もできないまま、落ち込む色を前にして二人はどうにもならない心境をもてあましていた。
 すると緩やかな風に乗ってふんわりといい香りが漂って、色の後ろから声が響いた。

「それならばイルが見れるものから見ていけばいいと思います」

 うなだれる色の前にことりとできたての料理ののった皿を置いて、ラロランナがにっこりと微笑んだ。突然の登場と発言にダルガとラミストは目を丸くして、しかし色はゆっくりと顔を上げるとすがるような目でラウロランナを見つめた。

「…見れるもの?」

「はい。今イルはわからないことが沢山のおありのようですし、それならば身近なところから見て理解していくべきだと私は思いますよ?」

 いいながらラウロランナは器用に両手に隙間なく置かれた様々な料理の入った皿をテーブルに敷き詰めていく。それにつれて色の目には期待の光が宿っていき、それをラウロランナに向けた。

「身近なところってどんなところ?」

「そうですね…、イルの周りにいる方々の気持ちとか」

「それは…ラミスト様とかアナトとかダルガとか…?あ、あとミリエラさんと…ラウ!」

 色の答えにラウロランナは嬉しそうにくすりと笑って頷く。先ほどとは違って色の表情も穏やかになっていて、ダルガもラミストもほっとした思いだった。
 色はミリエラのエプロンをぎゅっと握り締めて見上げた。

「あたしに解るかな?」

「解ろうとすればきっと。そうやって色んな気持ちや考えを理解していって、それを広げていけばおのずと他の事も理解できるようになっていきますよ」

「…そっか…うん、そうだよね。そうだ!そうする事にする!ありがとうラウ」

 ラウロランナはそれに対して微笑み返して、その場を離れていった。にこにこと微笑みあっていた二人がまるで姉妹のように見えて、ダルガもラミストもなぜ色たちがあんなに仲良くできているのか、ようやく理解することができた。
 そうして色はラウロランナを見送ってからくるりと料理に向きかえって、意気込むように料理を眺めた。

「よし、いっぱい考えたらお腹減った。ラミスト様、ダルガ、早く食べようっ!あたしアナト呼んでくるっ!」

 切り替えの速さは天下一品。色は少し戸惑った表情を浮かべるアナトをぐいぐいと引っ張って、満面の笑みで思う存分ラウロランナの作った料理を味わっていたのだった。

  

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