極彩色伝

24.謎を纏う者たち

 ―――翌日、色はラミストではなく、ラウロランナと行動を共にしていた。朝からひたすら懐いていたと思ったら、出発時にラウロランナと行くと言いだしたのだ。
 結局色とラウロランナはクゥルに二人乗りをして、その後ろにアナトがルグルに乗りぱかぽことついていくことになった。




「で?なんであんな仲がいいんだ?」

 ダルガは月毛のルグルに乗りラミストの籠の横に並んで怪訝な表情で後ろにいる色たちを眺める。簾越しに、ラミストの困惑したような声が聞こえた。

「さぁ、私にはなんとも。でもイルも楽しそうですし、誰かと共にいたほうが危険が少なくていいでしょう」

 今まで自分と一緒にいて離れる事がなかったため、正直微妙な心境だがあんなに嬉しそうな顔はあまり見たことがなかったのでこれはこれでいいことだとラミストは思った。今までの心配は杞憂だったのだと、安心しかけてもいた。

「それで、昨日は何匹だ?」

 ダルガの口調が険しいものにがらりと変わり、それを聞いた途端ラミストの目もすっと酷薄な色を見せた。

「3人ほど。皆口を割らず最後まで黙りとおして、時間をかけて聞こうと捕らえていたところ、何者かにやられました」

 ダルガは目を丸くしてひゅう、と賛美の口笛を吹く。昨日夜襲をかけてきた刺客は全部で3人、うち全てアナトに捕らえられたが一夜明けて様子を見たところ全員事切れていた。
 自決できないようにアナトが細工を施しておいた上に胸を一刺しだったので、何者かにやられたのは一目瞭然だった。

「あの生かさず殺さずのアナトちゃんに口を割らないとはねぇ。しかも口封じの野郎までいるとは、徹底してやがる」

 昨日全員で寝たのは別に仲良くお寝んねではなかったのだ。色とラミストを狙う者からへの刺客を警戒しての行動だった。多少雰囲気は初めてのお泊り会のようだったが。

「一人厄介なのがいますね、なかなか気配を掴ませない。おそらく口封じをしたのもその者でしょう」

「今も見てるなそいつ。お前も、気をつけろよ」

 そういうとダルガは先に進んで先頭の様子を見に行ってしまった。一人になったラミストは薄暗い籠の中で鞘に収まる己の長剣を見つめる。
 一体、どれだけの人間が今まで自分を狙ってきた事か。どれだけ、それが恐ろしくてたまらなかっただろうか。今は身を守る術を持っているから余裕で対処できるが、幼い頃はただそれに怯え逃げ惑い身を守る事で精一杯だった。
 色は、その術を知らない。その恐れを知らない。だからこそ恐れも術も教えたくはない。せめて自分の傍にいるときは、なんの気負いもなく笑っていて欲しい。
 あの純粋で、脆弱なくせにその存在を強く保とうとする気高な天使を、向かってくる何もかもから守ってやりたい。今の自分なら守れると、信じたい。
 ラミストは硬く目をつぶり、暗い世界の中で手の内をすり抜ける存在に絶えず呼びかけ続けた。




「ねーラウ?ラウは何歳なの?」

 色はラウロランナに後ろから抱えられタドンドの馬上をゆらゆらと揺れていた。ゆっくりと進むその足並みに心地いいものを感じる。いや、ラウの腕の中だから、心地よくて安心する。
 色はぽてり、と頭をラウの肩にもたげて見上げるようにたずねた。ラウは色と目が合うと目を細めてやわらかく笑い、色をなおの事安心させる。

「私は24です。イルは何歳なのですか?」

「んーとねぇあたしはねぇ、一週間とちょっとかな!」

 色の突飛な答えにラウロランナはもちろんの事アナトもぎょっとする。

 一週間とちょっと!?一週間でここまで大きくなったのか!? いや一週間前出会った時もこのサイズだ…。生まれたときからこうなのか?いやでも確かに一週間ならばうなずける…。イルのこの性格は驚くほど賢いときもあるが普段は少々子供っぽ過ぎる。

 と、アナトがとんでもない誤解を抱こうとしていると更に色が続けた。

「ここにきてラミスト様に出会ったのがそんくらいだからね」

 ほっとした。すごくほっとした。ラウロランナにはわからないだろうが自分はラミスト様に事情を聞いているのでイルの言っている意味がわかったのだ。
 しかしその言いようは突飛過ぎるのでは、とアナトは苦笑して色を見つめた。

「一週間とちょっと…ですか。どこで出会ったんですか?」

 ラウロランナはにわかに信じられないような目をして色を見つめる。色は目を悪戯を考える子供のようにいきいきと輝やかせて答えた。

「そりゃあもうあたしが夜な夜なラミスト様の枕元に現れて『貴方にお仕えしますぅ』ってね」

 ぱちりと可愛らしくウィンクをして答える色。
 兵士達のうわさの出所は、何を隠そう色だったのかもしれない。




 アズルカ遠征隊はその後パレィル河の河川沿いに進み夕方になってその進みを止めた。近くには小規模な町があって兵達は人心地がついてほっとしたのだった。
 一緒にいたラウは夕食の支度、アナトはラミストの元に何かを話しに行っていない、ダルガもなにかの用事でか見当たらない、色は遠征2日目初めて一人となってしまった。
 しかし元が破天荒な性格の持ち主のため、大人しくしている事など皆無であった。

「暇だから河でも見にいこーっと」

 るんたるんたと小粋にスキップをして河のほとりまで行くと、そこは浅瀬で緩やかな流れだった。夕日に照らされて続く黒とオレンジの波は幻想的で、胸を締め付けるような郷愁に包まれる。
 すかさず色は履いていたサンダルを脱いで波の届かないところに放った。しばらくぱちゃぱちゃと足で水面を引っ掛けて遊んでいたがふと顔を上げて、はるか遠くまで続いていく波打ち際へと振り返った。
 すると何かが、見えた気がした。何かが打ち上げられたのだろうと近づいていくとそれは―――人間だった。

「っぎゃーーーーあああーーー!!しっしっ!死体だぁっ!?ひいっ?おじいさん?いやぁああ!!」

「うるさい」

「ぅえっ?」

 喋った。しかもむくりと起き上がった。全身白い格好でその長髪も見事な白髪だったので老人に見えたがそれはとんでもない勘違いだった。
 その顔は若く美麗で、瞳はグレーに輝き水のしたたる長髪は神々しさまで感じるほどに純白。その男の風貌は何ものにも染められない美しさを誇っていた。

「はっ?えっ?死んでないの?」

 男はそれには答えず煩わしそうに髪をかきあげた。そんな様にも目が釘付けになる。そこにいるようで、そこにいない。圧倒的な存在感があるのに手を触れたら消えてしまう。不可思議な気分に襲われて、色は後ずさりした。

「お前、あの時の娘か」

 ふいに、男が口を開いた。自分で話しかけたというのにいかにも不機嫌そうな顔で色を見ている。その不機嫌な瞳と目がかちりと合って、色はおどおどと男を見つめる。
 あの時と言うとどこかで会ったことがあるのだろうか、いやこんな奇異な風貌の男には後にも先にも会ったことがない。
 ふるふると首を横に振るとますます不機嫌な顔つきが深まったので、思わず頷いてしまった。しかしそれは逆効果だったようだ。

「どっちなんだ」

 男の表情は絶対零度に包まれ今にも色を取り殺しそうなほどの目つきだ。その目つきはアナトをも凌ぐものだった。

「えっだって…し、知らない…知るもんかっ!怒んないでよっ!!」

 なんとアナトの目で耐性ができていた色には通用しなかったようだ。いや、あまりの恐怖にぷっつんきてしまったのかもしれない。こころなしか涙目で逆切れした色に男は目を丸くすると、ふっと表情を緩めた。

「別に、怒ってはいない。わからなければそれでいい」

 あれで怒っていなかったというのか。アナト並に誤解を招きそうな人物だと色は思った。やっと緊張も解けて冷静な目で男を見ると、顔が青白く非常に具合が悪そうに見えた。色はおずおずと自分の羽織っていた布を差し出す。

「なんだそれは」

 男は怪訝な表情で布を見つめる。また不機嫌そうな顔になっていた。くせなのだろうか。

「いや、具合悪そうに見えるから。そんなびしょぬれだと風邪引くし…」

「いらん。必要ない」

 単語単語で喋る男だ。それでもさすがに倒れていた人間を放っていくわけにも行かず、色は少しはなれたところに腰掛けた。

「あのー…なんで死んでたんですか?」

 いや死んでないから。しかし男はそれには突っ込まず夕日の落ちかけた地平線を見つめた。どうやら二人ともボケらしいのでつっ込む者が誰一人としていなかった。色のボケは太陽と共に沈んでいく。

「穢れが溜まっているのだ。落とせない」

「穢れ?」

 男の顔は蒼白で今にも倒れそうだ。色はいよいよ心配になってきたが男はゆっくりと河川沿いのほうに顔を向けた。

「ここより北から、穢れが流れ込んでくる。海の狭間でもあるため手出しができずに溜まってゆく」

「苦しいの?それはどうやったら取れるの?」

「お前にはどうする事もできないだろう。もう帰れ」

 太陽は完全に沈み、それと同時に男も立ち上がった。色に苦笑いを向けるとそのまま背を向けて去ろうとする。色はそれを引き止めなくてはならない気がして、とっさに叫んだ。

「待って!!名前は?名前を教えて!」

 男はその声にぴたりととまると振り返る。その時風が舞い上がり砂が目に入って、色は思わず目を瞑ってしまった。

「ルーダスだ。異国の娘」

 風に紛れ込むようにするりと男の声が色の耳に届き、目を開いたときにはその姿は闇の中へと掻き消えていた。

  

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