極彩色伝

20.鎌を振るったのは誰?

「あの〜…えっとですね?ゆるしてちょんまげ!」

 お前はどこぞの親父か、と突っ込みたくなるような謝罪をする色(正直謝罪にもなってない)の目の前には、憔悴して椅子に深く腰掛けるラミストの姿があった。その傍にはミリエラとアナトが同じく憔悴した表情を浮かべて佇んでいる。
 一体何故こんな事になっているのか。まぁ、原因はいつもの通り色に決まっている事は言うまでもない事だが。
 さて、事の発端とは?




―――「どのように立証するというのだ」

 国王はバルドの提案に興味を持ったようだ。このままバルドの口車に乗せられてとんでもない方向に導かれては困る。ラミストは事態を巻き返そうと言い募った。

「陛下!この黒目黒髪が確かな証拠でしょう!このような者はこの国に一人としていない」

「だからこそ怪しいと言っているのです。大体なぜ今、現れたのですか」

「そうですなぁ、全く持って本当にそうですなぁ。いやいやうむうむ」

 何を言おうともナミェンとゴルドゥゴースが水を差す。正確にはまともな事を言っているのはナミェンだけでゴルドゥゴースは同じ相槌しか打っていないのだが。

「国の荒れている今だからこそ彼女が現れたのでしょう。彼女は天使ですよきっと」

 またもや深緑の髪の男性が助け舟を出してくれた。どうやらこの人物は味方と見ていいようである。
 権力者達が意見を飛ばしあう中黙っているしかない色は頼もしいその男性にきらきらと期待の念を寄せていた。しかしやはり、どうにもうまくはいってくれない。

「あら、なんの立証もないのに私は信じられませんわ。信じろというほうが無理ですね」

「そうですなぁ、全く持って本当にそうですなぁ。いやいやうむうむ」

 これでは水掛け論だ。どんなに言い募ろうともしつこく二人が邪魔をして国王にラミストの言葉は届かない。
 とうとう、国王は結論を急くため再度バルドに尋ねてしまった。

「どのように立証するのか、申してみよバルド」

 バルドは鋭い眼力で色を捕らえて、わずかながらに愉悦の笑みを浮かべている。
 色はバルドが自分の思うとおりに事が進むのを確信している事をその目を見て直感した。どこまで、何を考えているかわからない恐ろしい男だと、色はわずかに嫌悪感を覚える。
 バルドはそんな色の思いも察しているかのように笑みを深くさせると国王に向き直った。

「はい。この国は今各地で小競り合いが絶えません。そこで天使殿にはラミスト様と共にアズルカへと赴き、鎮定させていただければ、これはもう天使様のお力だと誰もが認めることでしょう」

「なるほど…アズルカか。天使の守護でそれらを収めてみせよと、そういうわけか」

「御意にございます」

 色には国王とバルドの言っている意味が理解できていなかった。
 アズルカとはなんなのだろうか。赴くと言っていたがこの国の地名なのだろうか?どんなところなのだろうかと何気なくラミストのほうを盗み見ると、目は驚愕に見開かれ顔は蒼白としていた。今まで保っていたラミストの無表情がものの見事に崩されている。
 かといって色には何もできない。すぐにこの場から連れ去ってあげたいのに、こんな表情などすぐに消し去ってあげたいのに今の状況がそれを許さない。
 色がどうにももどかしい思いに駆られているうちに、話はどんどんと進んでいく。

「しかしそれは…少し危険ではないか?」

「天使の守護があれば危険などありますまい」

「ええ、そうでしょう。それが見事遂行できれば私どもも認めることができますわ」

「そうですなぁ、全く持って本当にそうですなぁ。いやいやうむうむ」

 しつこい。特にゴルドゥゴースとか脂肉とかゴルゴとか(全部同じ)。ゴルドゥゴースの溢れる肉をいつかソーセージにしておいしく頂いてやろうと色が気持ち悪いことを考えていると国王の目が色のいるほうに向いた。

「そなた…どうだ?できるか?」

 国王の目は憂慮の色に染まっている。ラミストではなく色に聞いたのは正直に断ってもらいたいからであろう。しかしバルドたちにとってはどちらでも好都合だ。受ければそれはそれでいいし、断ったら更に深く糾弾して追い込もうという魂胆なのだ。
 もちろん色に彼らの魂胆などわかるはずもない。それどころかラミストにさえ伺うまでもなく即答してしまった。

「謹んでお受けさせていただきます。それでは私がそれを遂行できた暁には皆様方お認めくださいますね?」

「イルッ」

 はっと我に返ったラミストが叫んだがもう遅かった。その場にいた誰もが色の了承の言葉を聞いてしまった。もうそれしか、認めさせる道はなくなってしまった。もう後戻りはできない。

「私どもはそれで認めさせて頂きましょう。では、国王陛下」

 至高の笑みをその口角に浮かべてナミェンが落胆の色をわずかに見せる国王に先を促す。国王は言いよどんだが、しかし結局は言うしかなかった。

「ラミスト・ヴィ・パラディス、ならびに天使イル。アズルカ遠征、鎮定を命ずる」

断る事のできない国王陛下の勅命が、鋭い鎌のように振り落とされた―――




 そして、こういう成り行きでラミストは受けるしかなくなり、憔悴して離宮に帰ってきたというわけだ。
 しかし色には事の事態が理解できていない。そんなに自分はやってはいけない事をしたんだろーかとようやく疑心暗鬼に包まれてきた。アナトの袖をくいくいと引っ張ると、ぼそぼそと耳打ちした。

「あっ、あのね?アズルカってどこ?何するところなの?なんかよくわかんないけど受けちゃったんだ」

 てへっと誤魔化すように笑う色にアナトの首はガクリとたれた。一息ため息をつくと毎度恒例アナト愛用板を取り出して国の全貌図を描き始める。
 相変わらず下手な上に配色も、『努めて目に痛くなるようにしてます』という陰謀が渦巻いてそうなどぎつさだった。
 アナトは絵を描き終えるとそのパラディス国の端、河より外側の緑に小さく塗りつぶされたところをかつかつと矢印で示した。

「アズルカというのは、国の北東に位置する街です。近年獲得したばかりの土地はあまり統制が取れていないのがこの国の現状ですが、ここはどこよりもひどいのです」

「なぜ?」

「海と隣り合わせなので他国の海賊はやりたい放題、河の外で権力が届かない、獲得したばかりなので民の統制が取れない。とまぁ上げたらきりがないのですが、海からも山からも無法者が集まってきて国も手がつけられないところだったんですよ」

 なるほど、国がもてあましているものを請け負ってしまったわけか。今更ながら不味い事をしてしまったと色は後悔した。本当に今更で本当に遅いが。
 しかしふと気付いた。それならば北西も同じ条件のはずだ。

「北西の海岸線は?」

「北西はもともと支配する国がなかったのですんなりわが国の領土となったのでこれといったいざこざはありません。一番の問題がやはり、アズルカなんですよ」

 アナトにちくちくと言われて色はそのなけなしの良心が痛んだ。だからバルド達はあんなに嬉しそうに…というより意地悪い笑みを浮かべていたのだ。ラミストの憔悴の様子からも少々気まずい心持になってしまう。
 しゅんとなって悲しそうな目を向ける色に気付いて、ラミストはその頭に手を添えて優しくその黒く輝く髪を梳いた。

「アズルカのことはかまわない。いずれどうにかしなければならない問題だったからな、それに上手くいけば俺の立場もよくなるし。だけど、問題はバルドのほうだ」

 バルドがまた何かしてきたのだろうか?因縁をつけられたのは気分が悪かったが、そのお陰でがんばりようによってはいい方向に進むのだから心配する必要はないのではないか。
 アズルカの件は許されて色はほっとしたがラミストの顔がいまだ険しいのでいぶかしむ。問うように目線を合わせるとラミストは目をそらしてしまった。

「ラミスト様?」

 どうにもラミストの様子がおかしい。
 もしかしてラミストが憔悴していたのは別の事であったのではないかと、色が気付いたときに頭に手を添えられ引き寄せられた。ぼすりとラミストの肩に顔をうずめる状態になって色が慌てふためいていると、耳元に低い声が響いた。

「バルドはアズルカで俺達を消すつもりなのだろう。イル、君もその標的にされてしまった」

 バルドがあの提案をしたのが認めるためではないことを、ラミストの冷え切った手の感触でようやく色は理解する。
 冷たい鎌が、首にかかっているような気がした。

  

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