16.朝の解説
「ふなぁああ」
翌朝、目が覚めると色は天蓋付のベッドの上で寝ていた。
噴水の所までいって水で遊んでいたのは覚えているがその後は眠さに負けてあまり覚えていなかった。ゆらゆらと、守られるように包み込まれた感触だけが思い出される。
自分の寝ていたベッドのでかさに驚きつつそこから降りると、ぐいっと両手ですそをたくし上げてずるずる朝日の差し込む窓際まで歩き出す。
寝着にきているものは白くて丈の長いひらひらしたものなので、すそを掴んで歩かなければ転びそうだったからだ。
窓を開けるとそこは少し小さめのバルコニーになっていて、色は思わず手すりまで裸足で駆け寄った。
夜露で庭園の芝生が濡れていて、朝日に照らされてきらきらと輝いている。昇る朝日を眩しそうに見つめて、色はつぶやいた。
「二度目の朝だな〜…もぅ起きたかな?」
「誰が?」
横から声がしたのでぎょっとして振り向くと隣の部屋のバルコニーに首詰めの寝着を着たラミストがいた。手すりに肘をかけて色のほうに向いている。
「おはよう」
「お、おはよう!びっくりした〜!いきなり声がするんだもん」
「イル、頭に寝癖ついてる。呼び鈴でミリエラを呼んで着替えてから下に来なさい。一緒に朝食を取ろう」
ラミストはくすくすと楽しげに笑うと部屋の中にさっさと戻ってしまった。ぽかんとした表情の色だけが朝日に照らされてバルコニーに突っ立っていた。
「そういえばさ〜なんでラミスト様は王太子になりたいの?」
朝食を食べ終わってゆっくりとお茶を飲んでいるときに、ふと思い出したように色がたずねた。どうやら一番肝心な事を聞くのを忘れていたようだ。
王太子になりたいという事は次代の王になりたいという事でもあり、一国の王になりたいのであればそれなりの考えがあるのではないかと思ったのだ。
しかしラミストは一瞬ぴくりと反応したかと思ったら目を伏せて、代わりに傍で待機していたアナトが答えた。
「イルはこの国の情勢はご存知ですか?」
「んーん?国の仕組みっぽいのはラミスト様に大体聞いたけど…。」
「ではこの国に三つの独立した権力があるのはご存知ですよね?国王陛下と、王の補佐も担う政権会、王と政権会が繋がって政治が偏ってしまわないようにと作られた5人の王族で形成される五太子。更に言えばその下に民議会」
「うん、五太子の中にラミスト様もいるんだよね?」
アナトはこくりとうなずくとどこからか黒板のような濃い灰色の板と白墨を手にして図を描き始めた。
ここは食堂であるというのに一体どこから出したのか。色もラミストも使用人でさえも目を丸くしている。
アナトはへたくそな絵で何体か人間らしきものを書き人間の頭には『王』『政』『五』と書いた。
『王』は普通の顔で『政』は目つきの悪い人間が、『五』は人間が5人書かれていてそれぞれ頭に『ラ』『デ1』『肉』『ナ』『デ2』と書かれている。
ラはラミストでわかるのだが他は意味不明だ。特に肉の辺りが…(まさか筋○マン!?)。
もはやアナトが何をしたいのか誰にもわからない。その場にいる全員が恐怖半分好奇心半分でごくりと息を飲んでそのへたくそな絵を見つめていた。
ふとアナトは振り返り、(これもどこから出したのか)矢印棒で絵を指し示し円を描く。
「先ほども説明した通り本来であればこの状態で均衡が保たれるのです。ですが今の状況は違います」
「ど、どう違うの?」
本当は真っ先に『肉』の意味を聞きたかった色だがここはぐっとこらえた。アナトは涼しい顔で『政』の人間を指して答える。
「この方は政権会の議長でバルド・キュリアスと言うのですがこの方がなかなか曲者でしてね。先王の時代から政権会に腰をすえていらっしゃるのですがあるときから妙な動きをとり始めたんですよ」
「妙な動き?」
アナトの目がきらりと光った気がした。やっぱりこの目は怖いなと色が引いていると『ラ』以外の五太子をぐるぐると棒で囲み始める。
かんかんっと矢印でその囲みを小突いた。どうやら少しテンションが上がってきたようだ。
「わざわざ王族のお子達の教師を進み出たんです」
「王様の子供たち全員?」
「いえ、全員とまではいきませんが才を見出された方、もしくは気に入られた方はバルド殿が専任の教師となっております。そして当時バルド殿がお教えしていた中にいたのがこの方と、この方なんですよ!」
そういってばちばちと『肉』と『ナ』を叩いた。
今だっ!!色の目はきらりと光った。今こそあの『肉』の意味を聞くとき!色は努めて声に抑揚を出さないようにしてゆっくりと声を出した。
「そ、その『肉』と『ナ』はだ、誰なの、かな〜?」
すごく不自然だ。肉のあたりで声が上ずっていたし歯切れが悪い。しかしテンションの上がっているアナトは気づかなかった。
「ああ、この方は王弟ゴルドゥゴース・ドトゥ・パラディス様。この『ナ』は五太子の中で唯一女性の王妹ナミェン・ラガドバイーゼル・パラディス様です」
ゴルゴかぁっ!ゴルゴ13だったのかぁっ!
色は昨日あだ名をつけたごつい名前のことを思い出した。しかしゴルゴが肉とは…ますます想像がつかない。
クエスチョンマークを生み出す色をよそにアナトは説明を続ける。
「ゴルドゥゴース様とナミェン様はその後五太子に入られ今もご健在ですが事あるごとにバルド殿と意見を合わせます。独立していた政権会と五太子が相関関係を持ってしまったのです」
なるほど、バルドという人物が操作できる王族を五太子に入れて均衡を崩していると、そういうわけか。
しかしまだ『デ1・2』とラミストと国王が残っている。そうそう崩れるものなのだろうか。
色が質問しようと口を開くがそれを察していたかのようにカップを口に運びながらラミストがつぶやいた。
「フォオガ兄弟は何を考えているかわからない。兄のほうはバルドと通じているようだがそれも定かではないし、あまりバルドの言いなりというわけでもない。そして…」
デ1・2はフォオガ兄弟というのだろうか?それはともかくラミストはそしての先を言いよどんでいる。何か、いいにくいことなのだろうか。
そしてまた引き継ぐようにアナトが再び口を開く。
「…国王陛下は心身ともにお強くない方で、もともとそうゆうのは不向きだったんでしょうな。それなのに半ばバルド殿に押し切られる形で五太子になりなし崩しに王太子となって王位をお継ぎになられたのです」
今の国王陛下というとラミストの父親だろうか?国王の話になってから色以外のその場の誰もが沈んだ表情を見せている。
色は初めて見るラミストの険しい表情にラミストの抱えるなにかを垣間見た気がした。
それがなぜなのか、なんなのか知りたくなってアナトに先を促す。
「王位を…継いだあとは?」
「そのあとはもう、バルド殿の言いなりで…近年はお体の調子も芳しくないご様子なので政務はバルド殿にまかせっきりです。王位を継がれて間もない頃は色々とあったのですが」
「アナト」
肝心なところでラミストに遮られてしまった。
その声がいつもと違って低く、全てのものを断ち切るような断絶の意思を表していたのでアナトもはた、と口をつぐむ。
今までにないラミストの様子に色はおろおろと不安の色を隠せなかったがラミストはこれで終いとでも言うように立ち上がり色に向き直った。
「俺はこれから政務があるからイルは国に帰る方法を探すといいだろう。詳しい事はアナトに聞くといい。アナト、後を頼む」
「は、承りました」
二の句も告げずラミストは食堂を後にする。
少々気まずい雰囲気がその場に流れて色ははぁとため息をつき、それを皮切りに食堂の者たちも自分の仕事に戻っていった。
いつの間にか板を片付けたアナトが色の後ろに気配もなく立っていたので、色は椅子から転げ落ちそうになった。よろめく色を支えてアナトが口を開く。
「聞かないのですか?」
「何を?」
「先ほどの話の続き」
アナトを見上げるようにしてみるとまるで試すかのような目線にかちりと重なった。
先ほどラミストに止められたのに何故そんな事を言うのか。実はしゃべりたくてたまらないとか?
内心にやりと笑った色だがもちろんアナトにそんな様子は伺えないのでまじめに答える事にした。
「聞いてもどうせ教えてくれないでしょ。別に知らなくてもいいもん。あたしがラミスト様の天使って事に変わりはないんだからそのことだけ考えてるよ。聞けるときが来たら聞くし聞けなきゃそれでもかまわない」
予想外の答えに意表を突かれたがラミストに影響を与える色のことが少しわかってきたアナトだった。