極彩色伝

15.月夜、月よ

 太陽と月が完全に交代した頃、ラミストの宮の前に佇む一つの影があった。門番はその人物に気づくと敬礼をして先を促す。影はラミストの宮の中へと消えていった。



「ところで、殿下」

 自己紹介も済みラミストと色がやや遅い夕食をとっていた。
 ラミストが食べ終わり口元を拭いていたところで傍に待機するアナトが口を開いた。色はデザートに甘酸っぱいはちみつ漬けの果物をラミストの分までほうばっている。

「なんだ?アナト」

 相変わらずの色の食い気を頬杖をついて楽しそうに眺めながらラミストが答え、アナトも色の食い気を目の当たりにして目を奪われていたがすぐにラミストに目を戻した。

「至急お会いしたいと王弟殿下からご連絡を賜ったのですが。何時でもいいから着いたら連絡を欲しい、と」

「王弟殿下? 誰だ、ゴルドゥゴース叔父君か?」

 ゴルドゥゴース、ものすごい名前だ。あだ名はゴルゴ13で決まりだな、と色は密かに思いにやりと笑う。そんな色の思惑なぞいざしらず、アナトは衝撃発言をした。

「いいえ、ダルガ様です」

「ぶふーーーっ!!」

 ものすごい勢いで色が吹き出した。
 しかしそこはさすがラミスト、色の目の前に座ってはいたがさらりとよけ、代わりにその後ろに待機していたアナトに吹き出した果物がべちゃりと当たってしまった。
 色とラミストの顔色は蒼白となりアナトはいきなりの事に呆然としている。

「きひいぃーーっごめんなさいいーっ!!」

「アッアナト…すまない、いやその」

「………っ!っ!」

「おーぉ目が怖いぞアナト、しかしすごい様だな」

「だってだってダルガってあのっあのっ」

「ああそうだアナトッそれで叔父…君…は?」

 …ん?何か違う声がした?3人が一斉に振り向くとそこには、当の本人ダルガがいた。
 一体いつからいたのか、というよりラミストたちがここに着いてまだ時間が浅いのに時間を計ったように現れた。なかなか侮れない男である。

「お二方、昼間ぶり」

 驚く3人を尻目にダルガはすたすたと色のほうへと近づいていく。そのまま昼間のときと同じように尻込む色を腰から抱き上げた。

「よぅ、イル。今度は攻撃してくれるなよ」

 ダルガはからかうような目線で色を見据えた。

「えっあっあのっあれはっ!」

 いきなりの展開に色は支離滅裂だ。ラミストやアナトも息をつめて二人の様子を伺っている。
 しかしふと思い出した。そういえばその事についてちゃんと謝らなければと思っていたのだ。色はダルガの肩につかまり今までそらしていた目線を合わせた。

「あの…昼間は目潰ししちゃってごめんなさい。痛かったよね…?もうしないので、あの…その…今後もラミスト様をどうかよろしく」

 ダルガはその宣伝だか謝罪だかわからない色の言葉を聞いて目を丸くした(というかラミストもアナトも丸くした)がすぐにふっと微笑み、反省の表情を浮かべる色のこめかみに軽くキスを落とした。
 ダルガのその行動に今度は色が目を丸くする番だったがダルガはにこにこと微笑んでいる。

「お前は愛らしいな、イル。ちゃんと謝罪したし、昼間の事は許そう」

 そういうや否や色を降ろして、固まるラミストのほうへ向き直った。

「さて、包み隠さず話してもらおうか」

 こころなしかラミストの顔が険しいのは気のせいだろうか?
 アナトの顔も、自分の服につく色の吐き出した果物の破片を見て険しくなっていた。





 そのあとはラミストの自室に移り色は先に寝ているように部屋に戻らせ(アナトは着替えて)多少かいつまんで事の全てを話した。
 あまりぺらぺらというべき事ではないが少々負い目もあるためラミストは話すしかなかった。それにまぁ、ダルガになら大丈夫だろうと元々思ってはいたのだからあまり抵抗はなかったのだが。
 部屋にはバルコニーがついていて、ダルガはそこの手すりに肘をかけて宮の庭園を眺めている。白く輝く月がダルガの横顔を照らしていた。

「…なるほどねぇ。でもそれはお前…ちとあの子には酷じゃないのか?」

「酷?確かに王宮では住みにくいし色々と面倒ごともあるでしょうが」

「そうじゃねぇよ」

 他になにか問題でもあるのだろうか?ラミストはダルガの背中をいぶかしむような目で見つめる。
 ふいに肘をかけたままダルガがこちらを向いた。

「あの子は帰る国があるんだろう?お前の事情で縛ってどうするんだよ。いずれあの子もお前も苦しむ事になるぞ」

 ラミストはダルガの言う事が理解できなかった。自分とあの子が苦しむ?なぜ?帰すときがくれば帰せばいい、単純明快なことだ。
 それでもラミストの心はざわざわと揺れて自分を照らす月に答えを求めた。月は答える事はなく、ただただ全てのものを照らし続けるだけだった。




「よっこらしょいっ」

 目下話題の破天荒姫様イルは脱走計画を実行中だった。部屋にいても妙に眠れないのでそこらへんを散歩してみようと考えたのだ。
 部屋を抜け出して色々と回ってみると庭園へ続く階段があったので重い扉を押し開いて裸足で庭園の散策へと足を踏み出す。

「綺麗だな…お月様もあるんだ。地球みたい」

 ちょうど庭園の真ん中にある噴水のあたりで立ち止まった。テラスにいるラミストとダルガには気づかず噴水のふちに座り月のある方角に向かって祈るように手を組んだ。

「届いて」

 ポツリとつぶやく色も、それを見るラミストとダルガも、それぞれの思いも。月は照らし続けた。

  

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