極彩色伝

14.むずがゆいっ

 あの後色は怯えるわアナトは質問攻めするわルグルはアナトの剣幕に興奮するわで収拾がつかなかったため一旦宮に入り全員落ち着いてからという事になった。
 色は宮の女官の一人、ミリエラに任せてラミストは自室で包み隠さず色の事情、これまでのことをアナトに話した。どうやらアナトはラミストの腹心の部下らしい。
 ラミストの少々信じがたい話を黙って聞くとアナトは肩をすくめてため息をついた。

「殿下…あなたもお人のよろしい方で」

「どこがだ、俺はあの子を利用するといっている」

 ラミストが上着を脱ぐとアナトはそれを手伝い着替えを手渡した。

「そこが人のよろしいところだと申しているのです」

「だからそれのどこがだと聞いている」

 ラミストが着替えながらアナトを見るとアナトは呆れた表情でこともなげに答えた。

「確かに天使を味方につければ王宮での殿下の動きも潤滑になりましょう。ですが…」

「ですがなんだ?はっきり言え」

「そう上手くはいきますまい。王宮内には多くの障害が腰をすえていますからね、逆に足を引っ張ることにもなりかねない。殿下もわかっておいででしょう?」

 イルが居てラミストの立場がどう転ぶかは本当に紙一重の危うさだった。それでも彼女を連れてきたのは公然と彼女を保護するためだろう。
 そんなラミストの考えなどアナトはお見通しで、ラミストは少なからず心持ちがよくなかった。
 ようやく着替え終わって紺の長布を巻きつけるとアナトに向き直った。

「それを上手い具合に運ぶのが俺とお前の仕事だろう。それに…イルなら、どうとでもなる気がする」

 そういったラミストの表情が楽しそうな笑みに変化したのでアナトは目を丸くする。王宮内では常に張り詰めていて笑う事など少ないのに、イルの名で途端に笑みを浮かべた。
 王宮を出てる間に、いやイルという少女と一緒にいる間になにが起きたのか。
 アナトは普段の主人が主人なだけに、今のラミストにわずかに驚きつつあった。

「どうも…短い間なのに信頼を得ているようですね。あのイルという少女」

「あの子はなかなか強かだぞ、お前にはかなり怯えていたようだったがな」

 先刻のことを思い出してラミストはくつくつとさも可笑しそうに笑う。アナトは渋い顔をしてそれを眺めていた。
 彼だって好きでこんな目つきに生まれたわけではないのだ。一族はみんなこうなのだから仕方あるまい。それを想像するとまた少し怖いが。
 アナトは少々すねかかっていたがふとある人物からの用件を思い出した。主人にその事を伝えようと口を開いたとき、ノックの音が聞こえた。

「殿下、イル様のおめしかえがお済みになられましたがいかが致しましょう」

「あぁ、入ってきなさい」

 ドアが開いて薄緑色のワンピースのようなものに白い長衣をゆるく巻きつけた色が入ってきた。髪は右側に飾り紐で一つにまとめられている。

「ラミストー…あっ!様!」

「ん、着替えたかイル」

「うん…あの…その人」

 色はラミストの袖を掴みラミストの後ろに佇むアナトを上目遣いで見た。どうやらまだ怯えているらしい。
 ラミストは色の様子に苦笑すると背中を押してアナトの前に立たせた。

「こいつは俺の側近兼護衛でアナト・レギスツールだ。目つきは怖いがな、意外と涙もろいんだぞ。この間なんかルグルの出産間近で見て」

「殿下!」

 顔を赤くさせてアナトが遮る。
 間近で見てどうなったのか。まさかこの怖い顔で泣いたというのか…そういえばさっきも涙目だったような?想像するとミスマッチでかなり異様だったので色は思わず噴出した。
 アナトは顔を赤くして困ったような表情で色を見下ろしている。

「うう〜意外と面白い人だなぁ。あたしはイルです、よろしくお願いします」

 もう怖くなくたったようで、色はぺこりとお辞儀した。ちなみにもう自己紹介はイルで通す事にしたようだ。
 色のお辞儀にアナトも綺麗な動作で礼を返した。

「こちらこそどうぞよろしくお願いいたします、イル様」

「さ、様!?」

「殿下に召抱えられたの天使様とあれば私をはじめ宮のものは敬称をつけますよ」

「ええ〜っ!」

 色は顔をしかめて不満の意を表した。一体何が不満なのか、ラミストもアナトも不思議そうに目を見合わせた。

「何か問題でもあるのか?イル」

「んー…なんかっなんかっむずがゆいっ」

「敬称か?権威の証だからな、当然のことだ」

 確かに王子であるラミストからしてみれば当然の事だろう。
 でも元々一般市民の色からしてみれば大の大人にそんな敬称をつけられるとどうにも不自然に感じるのだ。できれば普通がいい。

「でも様なんかいらないよっ。ほら、神様の下にはみな平等みたいに言うじゃん、神様の下の天使もあれと一緒だよ。上もなければ下もない、差をつけたらそっちのが不平等だよ」

「イル様は殿下にお仕えしていて敬称もつけるでしょう?それと一緒です」

「ラミスト様にはお仕えしてるけどアナトさんは私に仕えるわけじゃないでしょっ?とにかくいいの!イルでいい」

 言い切った色にアナトはきょとんとしてラミストは口角を上げ笑っていた。

「天使様は平等がお望みのようだぞ、アナト」

「…お望みとあらば。ではよろしくお願いしますね、イル」

 負けたとでも言うようにアナトは肩をすくめて微笑んだ。
 二人の様子で自分の意が通ったと見えてふん、と満足そうな表情になった色なのだった。

 …さて、アナトにすっかり忘れ去られたある人物からの用件とは?

  

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