12.王都の頂
広間の中にある部屋全体を照らしだすかのような大きな窓辺に、背を丸めて佇む長衣を纏った老人の姿があった。その横顔には深い皺が刻まれ、彼の過ごした長い年月を如実に物語っている。
老人の傍には部屋の大部分を陣取る長いテーブルと五つの椅子が並び置かれ、その椅子には二人の男と一人の女が座っていた。残り二つは空席である。
男と女は中年期を越えるぐらいの風貌で、もう一人の男は年若く整った顔立ちをしている。
全員が目を伏せ押し黙る中、老人がその干からびた口唇をゆっくりと開いた。
「ラミスト様がまたもやご不在でいらっしゃるようです」
老人の言葉に中年の方の男がちっと舌打ちをして肉に圧迫された目を更に細め聞き苦しい声でぼやく。
「あやつはまた何を企んでいるのだ…目障りだぞ。いつもいつも反抗的な態度ばかりとりおって。小ざかしい」
「何を企んでいても同じ事、たった一人でできる事などたかが知れています。ほぅって置きなさい」
悪言を並べる男の美しいと形容しがたい顔を冷ややかに一瞥して上品な物腰で女が答えた。
一人年若い男は誰が口を開こうとも依然遠くを見るような目で頬杖をついている。
老人は窓を眺めるわけでもなく目を硬く閉じていた。
「あの方は理解をお持ちでない…」
低く沈んだ声で呟いた言葉は、誰の耳に届くわけでもなく空に浮かんで消えていった。
「うわぁあおぅっ!すっげぇ!からふるびゅーちふるわんだふるだぁ!」
船着場を降りて大通りまで進んだ色達の目前いっぱいに広がる光景に色は思わず叫んだ。
そこには大小様々な尖頭の建物が立ち並びその下にはバザールや露店が所狭しと並んでいてひしめく人々でごった返していた。
大半の人々は半丈の上下に薄く大振りな布を巻くような格好や、ゆったりとした長い布を装飾された金属や宝石でまとめた格好をしている。
若い娘の中にはひざ下まであるスリップのようなものを着て色鮮やかな刺繍の施された布を羽織る者もいて、それを見た色の目は今までにないほど輝いていた。
すかさず振り向いてラミストをこいこいと手招きする。
「ねぇねぇ!あれっ!着てみたいあの可愛いの!きれい!」
色が着ている白い無地のマントの下は黒いワンピースのようなもので飾り気がないので、色は娘たちの格好を見て一目で憧れた。
ちなみに色が着ている服はテントの傍のバザールで購入したものだ。マントは後からラミストに与えられた。
ラミストは大通りのど真ん中でいつになくはしゃぐ色に苦笑しつつルグルを引き連れて色の元まで近づいた。
「まぁそれもいいだろうがイル、まずは王宮へ行かなくてはならない」
「王宮?どこにあるの?」
色の視点からでは首をどんなに伸ばしても王宮らしきところはどこにも見当たらない。ただひたすら賑やかな町並みが広がっているだけだ。
ラミストはそんな色の様子にふっと一笑するとルグルにまたがり色を持ち上げ馬上に座らせた。
色はいきなり持ち上げられて慌てふためくがラミストはかまわずルグルをゆったりと常足で進ませる。
「王宮はあそこだ。ほらあの、白い城壁があるところ」
ラミストが指差したのは都の頂にある白い城壁の立ち並ぶ建物だった。
この王都ファブラザスは山のような傾斜に合わせて段段と建物が建てられており、その頂に王宮があるのだった。
遠目でに見ているにもかかわらずなかなか大きく見える。近くで見たらよっぽど広く大きいのだろう。
いよいよ王宮が見られるとなって色はなんだか観光客になったようで嬉々とした表情になった。
「タダで海外旅行と王宮見学なんてもうけた。お土産買って帰らねば!」
知らぬ土地に飛ばされてもどんな状況下でも、ただでは転ばない少女である。
「さて、王宮まではまだもう少しあるから、少し飛ばすぞ。」
色がぶつぶつとお土産プランを練っているうちにラミストは手綱をしっかりと握り締め、人気の少ない路地に出たところでスピードを上げた。
ルグルという動物は走っていても揺れが少なく乗り心地がいいので色は思わずうとうとと眠りかけていた。日はとうに傾き空は紅く染められている。
「…ル、イル?」
ラミストの呼ぶ声にはっと姿勢を正す。どうやらあまりの眠さにラミストに完全に寄りかかっていたようだ。
色はよだれを垂らしていなかったか不安になって後ろのラミストに振り向いた。
するとそこには、ラミストの夕日に映えて紅く輝く銀髪と丹精な容貌があらわになっていた。
今まで払う事のなかったフードを下ろしてしまっているのだ。
驚き半分嬉しさ半分(色は綺麗なものがとにかく好きだから)でラミストを凝視すると余裕の表情で微笑んでいた。
そんな表情も美しいので色はさもまぶしそうに目を細める。
「大丈夫だよ、もう王宮についたから。というよりコレを取らないと王宮に入れない」
色がラミストの発言に驚いてばっと前に向き直るとそこには首を垂直にして見上げないと頂上が見えないほどの高さの宮殿が聳え立っていた。
城壁も結構な高さがありどこまで続いているかわからないくらいに長い。
それに守られるように中央に尖頭の白い様々な彫刻の施された巨大な宮殿と、周りにちらほらと同じく尖頭の白い中央の宮殿よりは小さい建物が城壁から皓皓と頭を覗かせていた。