極彩色伝

11.貞丸の悪戯?

 ―――近い。あれが…あれと似た者の気配がする。
 コレはあれとは似て非なるもの…だがコレが、あれへの情懐を甦らせる。
 コレは?コレはあれと同じ―――



 色とラミストはなにやら波打ち際に並んでしゃがみこんでいた。いや、彼らだけでなくちらほらとしゃがみこみ何かをしている者の姿が多数見える。 彼らは一体何をしているのだろうか?

「これが儀式かいなー?」

 色は黒い水面をぱちゃぱちゃと両手で叩きながらラミストに聞いた。

「そうだ。このように両手を水面に浸し渡航の安康をパルゥダス神に祈るのだよ」

 ラミストは腕をまくりひじの辺りまで手を水面に沈ませて見せた。

 このパレィル河を渡るものはこうする決まりなのだそうだ。神の媒体である水面に触れ神に祈りをささげる事により向こう岸までの渡航の庇護を貰うという儀式らしい。
 地球の船乗りなどで行う進水式のようなものだろう。
 ラミストが目を瞑ったのでその美しい横顔にしばし色は見惚れていたが祈りをささげているのだとわかって自分も例に倣うことにした。
 袖をむんっとまくり目を瞑って勢いよく手をつっこんだ。地球にあるどこぞの真実の門となにやら重ねているらしい…無論どんなに嘘つきだとしても、水にかまれるわけはあるまいが。
 しかしなにやら様子が違った。突っ込んだ途端手に絡みつくように水流が起こり異様な感触に色が目を開けるまもなく水面に引きずり込まれてしまった。

「むがぅぶっ…っ…っぶはぁっ!」

 いきなり水面に上半身ごと突っ込んだ色に驚いたラミストがすばやく引っ張りあげてくれたため、取り込まれずに済んだ。

「どうしたんだ?いきなり飛びこんだりして」

 ラミストは肩で息をする色に目を丸くする。祈りを捧げていたラミストは事の始終を見ていないので、色のことだから自分で飛び込んだと思ったのだろう。
 …それではちと破天荒を通り越してわけがわからない人間だが。

「なっ、なんかに引っ張られた…」

「…流木か何かに引っかかったんだろう」

「そうかなぁ…もしかしておばけ!?いやぁあ〜!!貞丸に食べられるう〜っ!」

 両手で頬を挟んで色が叫んだ。貞丸とはあの…髪のながーいあのお方のことだろうか…。
 恐がってる割に抜け目なくあだ名をつけているところはさすがと言えよう。しかも貞丸ってなんかもう近所のオヤジの飼い犬っぽい。
 ラミストは顔を青くさせて恐がる色を立ち上がらせて、濡れそぼる黒髪を丁寧に撫で付けて色をなだめた。

「大丈夫だ、イルは俺の天使だろう?パルゥダス神と俺の守護がある。安心しろ」

「ぉ、おう!よろしくね!船から河に落っこちたくないもん!」

「イルが注意してれば大丈夫だろうな。イルはあまりに破天荒すぎるから」

「は?引田てんこう?」

 少々無理矢理なボケだった。
 このまま色に付き合っていては日が暮れるので、ラミストは首をかしげる色の肩を抱いてそのまま船へと誘導した。
 少人数用の船で、船体が三日月のような形をした白い帆船型の船だ。色の興味は既に船へと向いていて、色と一行は先ほどの奇怪な現象など何もなかったかのように軽快に船着場を出航した。

 色たちが出航した後静かにたゆたう深黒の水面など、誰一人として注意を向けることはなかった。




「ぅえっ!う゛う゛〜」

「お、おい大丈夫か?」

 黒い河がよほど珍しかったのか色は船に乗ってからずっと下を向いて水面を眺め続けたせいで船酔いしてしまった。目下ラミストに背中をさすさすとさすられ介抱されている。

「だ、だみだぁ〜っもうだみだぁ〜っ!じ、じぬううう。逆流する!時代の流れとともに逆流する!」

 涙目でラミストに訳のわからないことを訴える色の顔色は土気色だ。そろそろやばそうな雰囲気をかもし出す色の気を紛らわせるためラミストは慌てて前方を指した。

「ほっ、ほらイル!下を向けばもっと悪化してしまう。遠くを見るんだ」

「遠く〜?遠く…とお…あれ?」

 ラミストに言われて遠くを見ているとちらりと何かが見えた。

「ラミストぉ〜なんか見えるよぉ…ぅぷっ」

「ん?あ…ああ!…良かったな色!」

「何があ〜?」

 嬉々として告げるラミストに対して色の顔色は悪化する一方だ。ラミストはある一点を指して色に微笑んだ。

「ほら…あれが王都、ファブラザスだ!」

「えぇっ!」

 ラミストの指の先には徐々に近づきつつある美しく華やかな都ファブラザスの姿があった。

  

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