極彩色伝

10.秘奥義

「はぁ…ここまでくればきっと大丈夫だね」

 ふう、と色は右手で額をぬぐった。左手にはルグルの手綱とラミストの手が一緒につながれている。
 3人(?)とも肩で息をしながら船着場の離れにある木陰に身を潜めていた。…正確にはルグルの図体がでかすぎたため殆ど丸見えなのだが。
 何故彼らがこんな風に隠れているかというと…?




 ―――赤髪の男ダルガと色はしばし見詰め合っていた。が、ダルガのほうが先に我に返った。

「…お前…その目は一体…」

 信じられないものを見るかのようにダルガが凝視してくるので色もはっと気づいて慌てて目深にフードをかぶりなおす。
 が、もう遅い。ダルガは無意識ながら先ほどよりも強い力で色を抑えてフードを取り払った。
 その瞬間、色の黒髪が照り付ける太陽の下あらわになってしまった。ラミストは慌てて色を取り返そうと手を伸ばすがダルガもそうそうたやすく離してはくれなかった。
 結構な力で色の引っ張り合いとなる。うぐぐ、と色が苦しそうにうめく。

「待て待て、お前たち何者なのだ。正体をあらわせ!」

 ぐい、とダルガが力をこめた瞬間とうとう色のこめかみからぷっちーんと何かが切れる音がした。おもむろに右手を引きダルガを見据えたと思ったら…

「ちょいや」

 ブス。

 人体の急所、ラミストと同じ紺の瞳を色の2本の指が“ちょいや”の掛け声とともに貫いた。
 さすがに卑怯かついきなりの急所攻撃にはダルガもひとたまりもなかった。いや…その場にいた色以外の人物(+1匹)全てが思わず目を瞑った。
 ダルガの拘束が緩まると色はするりとその腕から逃れ、固まる一人(と1匹)の手と手綱を掴み一目散に逃げていった。
 目を押さえて悶絶する王弟ダルガをそこに残して―――。




 と、いうわけで2本の指で大男を倒す色とその一行は、隠れているのであった。
 自らの快進撃に色は満足そうな笑みを浮かべるが対してラミストの顔は青ざめていた。
 それもそうだろう、王弟にあんな無礼を働いたのだから。しかも色の黒目黒髪もばれてしまった。

「イル…なんてことを…」

「うん?大丈夫痛くなかったよ手加減したから!ちょっと気持ち悪かったけどね!」

 別に色の指のことを心配しているわけではない…しかも気持ち悪かったって。
 先ほどからの色の破天荒な行動にラミストははぁ、とため息をつき色を自分のほうへ向かせて言った。

「イル、君に教えておくべきことがまだあったようだな」

「あ…ぇ?やっぱまずかった?」

「あぁ…叔父君は話せばわかる人だが…話す前にあれはないだろう?」

 確かにそうだ。引っ張られて苦しかったとはいえいきなりの色秘奥義目潰し攻撃はさすがに酷といえよう。しかも話せば楽に済んだものを色が厄介な方向に導いてしまったのだ。
 色はうつむいてうなずきラミストは肩をすくめて続けた。

「いいか?俺についてくるということは王宮に住まうということだ。王宮には俺や叔父君のような王族が大勢いる。その中であんな無礼な振る舞いをすればたちまち極刑となるぞ。それに王族でなくとも人には礼儀というものがある。いくら天使といえどもそれは守らなければならない。わかるか?」

「うん…ごめんねラミスト様…」

「?様って…なんだいきなり」

「今度からそう呼ぶことにする、あたしはラミスト様に使える天使だもん。王族の人にも誰にも失礼なことはしない。ちゃんと節度をわきまえるよ…ラミスト様の立場が危うくなっちゃうもんね」

 どうやら少し言い過ぎてしまったようだ。本格的に色が落ち込んでしまった。
 なんだか気が咎めてしまったラミストは色の髪を優しく梳いてそのまま頬に手をあてがった。

「二人の時はラミストでいいよ。様もさんもいらない。ただ他の者の前では多少は大人しくしておいたほうが良いと…まぁ、そういうわけだ、そんな顔はイルらしくない。いつもの顔をしろ」

 うまくフォローする言葉が見つからなくてラミストは苦笑するが、色はラミストの怒りが収まったようなので安堵の表情を浮かべた。しかしまたすぐにその表情は曇った。
 まだ何か気にしているのかとラミストは怪訝な表情を浮かべた。

「どうした?」

「赤髪さんに謝んなきゃ…怒ってるよね」

 赤髪さんとはいわずと知れたダルガのこと。反省の上で通称も昇格したようだ…わずかに。
 ラミストはこの短い間で少しだけイルという天使のことを理解してきた。きっとこの天使は色んな意味で率直なのだ。ある意味では無謀だがある意味では純粋とも言える。
 やんちゃで無謀で破天荒だが聞く耳はちゃんと備え受け入れる心を持っている。
 そんな色が少しだけ愛しく思えてきて、優しいまなざしを色に向け安心させるように微笑んだ。

「叔父君には王都で正式に謁見を申し込んで謝罪するとしよう、な?」

 その言葉に色はぱっと顔を輝かせる。

「うん。ありがとねラミスト!」

 ようやく二人は笑顔をかわし、仲直りしたのだった。



 そのころダルガはというと…まだ悶絶していた。本当に手加減したのか?色よ…。

  

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